【すてきな凸凹】前編:「できないこと」を、ひと組の夫婦と考えてみました(犬山紙子さん・劔樹人さん夫妻)

商品プランナー 斉木

「できないことは、恥ずかしい」?

大人だから、ひとりでちゃんとできないと。18歳で親元を離れ、大学を卒業して社会人になって、歳を重ねるごとに、できないことを隠しながら生きるようになりました。こんなこともできないの?って思われたらどうしよう。そんな気持ちが常にどこかにあったような気がします。

でも、苦手克服の道のりは、果てしなく長い。そんなとき、ある2冊の本をきっかけに、ひと組の夫婦の存在を知りました。その本は私に、自分のできること(凸:デコ)と、できないこと(凹:ボコ)に新たな視点を与えてくれて。

苦手を隠すのではなく、うまく付き合いながら暮らしているように見えるおふたりは、「できないこと」をどんなふうに捉えているんだろう? そう思って、会いに行くことにしたのです。

 

夫が兼業主夫で、妻が大黒柱。ある夫婦のカタチ

▲二人に興味を持つようになった、2017年に発刊されたそれぞれの著書。

その夫婦は、イラストエッセイストの犬山紙子(いぬやま・かみこ)さんと、ベーシストであり漫画家の劔樹人(つるぎ・みきと)さん。

仕事が好きな犬山さんが大黒柱としてお金を稼ぎ、面倒見のよい劔さんが兼業主夫として家庭を支える。各々の得意不得意を話しあったうえで役割分担をしながら、1歳7ヶ月になる長女を育てています。

 

“好き” と “苦手” のはざまで、揺れ動いた仕事人生

今回のテーマは「できないこととの付き合い方」。劔さんは自分のできないこと、凹(ボコ)と聞いて何を思い浮かべますか?

劔さん:
「僕のできないこと……とにかく自分の気持ちを言葉にすることが苦手ですね。

仕事に関していうと、もともと音楽や表現をなりわいにしようと思うくらいなので、人から認められたいとか、何かデカいことをやって、メジャーになりたいという気持ちが若い頃は強かったです。

でも、本当は自分がそういう大衆に向けた表現やセールスが苦手で、心から好きにはなれないということも、大人になるにつれてわかっていきました。それでもその世界で生きていくにはやらざるを得ないと思っていて。

結婚前は音楽プロデューサーという肩書きで仕事をしていたんですが、人の活動に口を出すこともできず、好きなはずの音楽業界でどんどん孤立していくような気がして、精神的に追い込まれていきましたね」

 

「言葉にできない」は、「優しい」? 妻から見た夫の凹(ボコ)

犬山さん:
彼は確かに自分のことをあまり話さないです。だから、こまめに質問したり、気持ちを聞いたり、コミュニケーションをとるように工夫しています。

でもそれは、彼の優しさだとわたしは思っていて。『人を傷つけない能力』とも言えるかもしれない。私自身が攻撃的になりやすい人間だからかもしれないんですが、そんな彼の性格に、わたしは救われています。

私、彼と付き合うようになった頃から、性格が良くなった、マイルドになったといろんな友達に言われていて(笑)

もともとはすぐに余裕をなくしたり、怒ったりしてしまう人間なんです。今でも、朝ひどい命令口調で、『タオル取って』『鍵取って』と次々言って、そのままバタバタ出かけていくこともあって……」

劔さん:
(無言で頷く)

犬山さん:
「ドアを閉めた瞬間、またやってしまった……とすぐ謝りのメッセージを入れるんです。昨日夜中まで育児をしていた人に対してわたしは何をしているんだって。

でもそんなとき、彼はそれを見てイライラしたり、文句を言ったりしないんです。普通同じ空間にピリピリした人がいたら嫌じゃないですか。それでも私のこと責めないんですよ。私、謝るしかないですよね」

劔さん:
「やばいやばい……って内心では思っています。『怒ってる!』って焦りますし。でも彼女のためにもなるべく気にしない方がいいのかなと。慌てているのがわからないようにしてます」

劔さん:
「彼女は僕とは正反対で、気持ちを徹底的に言葉にするので、こういう考え方もあるんだと、ひとりでは気づけなかったことばかりです。逆に僕にできることってなんだろう……」

犬山さん:
「私みたいに理不尽に怒らないし、いつも『優しい』ができてると思う。それに救われてるよ」

劔さん:
「優しいって……それ『できること』なのかな(笑)?」

 

自分さえよければ、から一歩飛び出して。変わった妻の目線

犬山さん:
「私はもともとすごく利己的な人間で、自分さえよければいいという考え方の人間でした。でも、つるちゃんっていう “いいやつ” と出会って、娘を授かって。夫と子どもと3人で仲良く暮らすっていうこの生活を手放したくない。それが何よりも守りたいことなんです。だから、そのために私にできることはなんだろう? と自分ひとりに目を向けるのではなく、家族全体をチームとして考えるようになりました。

ひとりで抱え込みやすい夫が、ひとりで無理しないようにケアをする。自分の考えを押し付けるんじゃなくて、想像力を働かせる。自分を変えるタイミングだと思って、自分の性格と向き合っています。

離婚に対する危機感も人より強いんじゃないかと思います。極論かもしれないんですが、何もなくずっと仲良しでいるなんて奇跡で、メンテナンスをしなかったらどのカップルも離婚するかもくらいに思っているんです。

彼も少しずつ、自分の健康や睡眠を置いて人のために働くっていう自己犠牲的な考え方から変わってきたような気がしています。もっと休んだり、自分を大事にしてほしいと思いますね」

 

「できない」の見方は、ひとつじゃない?

前編では、劔さんが感じているできないこと、凹(ボコ)の部分について聞いていきました。でも、劔さんの目から見えているできないことと、犬山さんの目から見えているそれとは、全く景色が違っていて。

劔さんの凹(ボコ)は、本当に凹(ボコ)なのだろうか……? 「できない」のカタチがわたしの中で少しずつ変化していくのを感じました。

続く後編では、犬山さんのできないことについて聞いてみたいと思います。そこから見える景色はどうなっているでしょうか。

(つづく)

 

【写真】砂原文


もくじ

 

犬山紙子(いぬやま・かみこ)、劔樹人(つるぎ・みきと)

妻・犬山紙子はイラストエッセイスト、コラムニスト。雑誌、テレビ、ラジオなどで幅広く活躍中。主著に、『負け美女 ルックスが仇になる』(マガジンハウス)、『女は笑顔で殴りあう マウンティング女子の実態』(瀧波ユカリとの共著・筑摩書房)などがある。

夫・劔樹人はベーシスト、漫画家。著書に「今日も妻のくつ下は、片方ない。」(双葉社)、「あの頃。〜男子かしまし物語〜」(イースト・プレス)、「高校生のブルース」(太田出版)。「小説推理」、「MEETIA」、「みんなのごはん」などで連載中。

▼文中に登場した書籍は、こちらからご覧いただけます。

 


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