【感情をすくい上げる】前編:自分自身をつくる「水質管理」の仕方って? 心療内科医・鈴木裕介さんを訪ねました

【感情をすくい上げる】前編:自分自身をつくる「水質管理」の仕方って? 心療内科医・鈴木裕介さんを訪ねました

編集スタッフ 吉野

ある程度寝たはずなのに、次の日の朝なんとなく疲れている。せっかくの休日、外出したいのに起き上がれない。こうありたいという気持ちはあるのに、思うように動けない自分が悔しくて、休み方を見直したいと思うようになりました。

本や動画などあちこちから情報を集めていくと、身体の疲れはもちろん、心の疲れに向き合うのもまた「休む」ことであり、そしてその方法はさまざまにあるのだと気づかされます。

けれど、実際に心の疲れってどうやって取るのでしょう。そもそも自分にも心の疲れはあるのか、どこからを心の疲れと思っていいのか、確信を持てずにいました。

同僚にこのことを話したとき、こんな本があったよと教えてもらったのが、鈴木裕介さんの『心療内科医が教える 本当の休み方』。

その本には、心の負担やストレスがどうして生まれてしまうのか、今の私たちがストレスにどう向き合えばいいのかが、真摯なことばで綴られていました。

「本当に休むためには、休みが必要な状態だと自覚すること」。「何かもやっとしたものを感じたら、いちいちそれに気づいてあげて、記録しておくこと」。

思い返してみれば、無意識のうちに感じたことに目を瞑り、心を守るためどこか鈍感になろうとしていたことが、これまで何度かあったことを思い出します。もしかしたらそうする中で、心の疲れもなかったことにしていたのかもしれません。

あるよく晴れた冬の日。心の疲れやストレスに向き合うヒントに触れられたらと、鈴木さんのクリニックを訪ねました。前後編でお届けします。


誰もが「文化的リソース」を持っていると思うんです

鈴木さんが院長を務める『秋葉原saveクリニック』は、秋葉原駅から徒歩10分ほど。8年前に内科医院として開業しましたが、現在はトラウマ治療専門のクリニックとして診療しています。

クリニックを開業するまでは、各地の病院や診療所で一般内科・へき地診療・在宅医療を経験してきた鈴木さん。医療現場で働くなかで「弱い立場の人」に負担が集中していることに気づき、なんとかしたいとコンサルタントに転職。経営面から数々の病院の組織改善に携わってきました。

自他共に認める大のゲーム好き、と笑う鈴木さん。

クリニックの名前は、『セーブポイント』から。コンピュータゲームにおいて、進行状況の保存ができる場所です。

鈴木さん:
「セーブポイントって、そのときどんな状況であっても、ひとまず逃げ込めば安全で、敵も現れないんです。それに回復したら、何度でもまたそこから歩き出せる。

自分がクリニックを開くなら、そういう安心と回復の拠点をつくりたかった。僕自身がそんな人でありたい、という気持ちも込めています」

土地柄もあり、コンテンツを愛する方が多く訪れる鈴木さんのクリニック。鈴木さんご自身もまた、コンテンツを愛し、何度も救われてきたうちの一人です。

鈴木さん:
「なぜだか分からないけれど辛いとき、背中を押してほしいとき、立ち戻る原点のようなもの。僕は『文化的なリソース』と呼んでいるのですが、きっと多くの人が、それぞれにそういう作品をお持ちなのではないかなと思っているんです」

▲クリニックには様々な書籍が。大切な人を失くした患者さんには、若松英輔さんの『美しいとき』という詩集を

鈴木さん:
「患者さんからリソースを共有してもらって、読んだりプレイしたりして僕の中にもストックされていった作品を、また別の患者さんに共有することもあります。

誰かの人生の拠り所になっている作品を共有し合って、それがまた、他の誰かの手助けになるかもしれない。これってすごく豊かなことだなと思っているんです。

もちろん医療機関なので、まず心理的なメカニズムをもとに必要なケア、サポートをします。でも医療としての領域だけではない、その人らしさのようなものにも寄り添えたらいいな、と」

こう言うとなんだか偉そうですけどね、と鈴木さん。クリニックでは、日々の生活で感じる心のざらつきやストレスを抱えている方に、幾度となく出会ってきたと言います。

まずは、私たちがどうしてもストレスを抱えてしまう理由を話してくださいました。


ストレスは、気分の問題ではありません

鈴木さん:
「もともと人間の身体には、ストレスに抵抗する仕組みが備わっています。ストレスがかかると身体の中で炎症が起こるのですが、抗ストレスホルモンと呼ばれる物質が分泌されて、その火消し役になってくれるんです。

けれどその量には限りがあって、約3ヶ月で枯渇すると言われています。するとストレスが頭痛や蕁麻疹といった身体の不調として現れる。

では量が足りないのではと考えてしまいますが、古代に生きる人々には問題なかったのだそう。その時代にストレスがかかる場面といえば、野生のサーベルタイガーなど天敵に襲われそうになって、逃げなければいけないとき。とても短い時間です。

対して現代における天敵の多くは人間関係など、3ヶ月をゆうに超えて長期的に対峙することになるもの。ストレスがかかる時間は変化しているのに、人間の身体の仕組みはそのまま。現代のストレスを想定して作られてはいないので、ストレスが溜まってしまうのは当たり前のことなんです。

だから頑張りが足りないのかもと悩んでいる方がいたら、決してそんなことはないですよ。ストレスは単なる気分の問題ではありません」


情報は自分をつくるもの。「水質管理」をしましょう

では、現代に生きる私たちはどうやってストレスと向き合っていけば良いのでしょう。

鈴木さん:
「ひとつ挙げるなら、スマホとの付き合い方を考えてみることでしょうか。これは、ご自身のまわりの『情報』を選択することに繋がります。

先ほどもお話ししましたが、人間の身体の仕組みは古代から変わっていません。それでも、現代の私たちが受け取る情報の量はすごく増えていますよね。特にスマホはSNSやニュースなど、多くの情報に溢れています。

人間は自分のHP、つまり体力や精神力が少なくなると、依存的・自傷的な行動が増えると言われています。例えば眠いのにショート動画を見続けてしまうとか、飲酒量が増えるとか。それにストレスを感じているときほど、刺激の強い情報を摂取しがちになります。

もしそうなっていることを自覚したら、すでに休むことが必要な状態にあるサインです」

鈴木さん:
「僕は、情報が自分自身をつくっていると考えています。世の中に存在する情報は多くても、実際に自分が触れる量や質は選択できるものです。池の『水質管理』をするイメージでしょうか。

これはメンタルケアに直結していきます。水質を管理するためにできることは、意外とたくさんありますよ。好きな家具や雑貨で暮らしを楽しむことも、お気に入りの服を着ることも、水質管理になります。

言葉もまた、情報です。自分から発せられる言葉は、自分自身を縛ってしまうもの。採用する言葉には気をつけたいと、常々思っています」

この日鈴木さんが首から下げていたのは、革製のペンケース。よく見せてもらうと、『星の王子さま』の絵が描かれていました。

鈴木さん:
「物語が好きなので、このペンケースが目に入るたび気持ちがいい。これも、僕のまわりの情報のひとつです」

***

情報が自分自身をつくる。私がこの言葉を聞いてふと思い浮かんだのは、生活の中で流していた「音」のことでした。

コミュニケーションでの後悔や、漠然とした将来への不安。日々ふと感じずにはいられない気持ちを自分の外側へ散り散りにしたくて、なんとなくBGMとして選んでいた音楽や動画。これも情報なのだと、初めて意識しました。

自分のまわりの物事を選択することは、情報を管理すること。それが自分をつくっていくこと。この取材の時間を思い出しては、できる限りの水質管理に励んでいます。

後編では、日々のストレスに「気づく」ためにできることや、今の私たちに必要なストレスへの向き合い方について詳しくお聞きしていきます。

(つづく)

【写真】鍵岡龍門


もくじ

第1話(2月5日)
自分自身をつくる「水質管理」の仕方って? 心療内科医・鈴木裕介さんを訪ねました

第2話(2月6日)
どんな自分も、悪者にしなくていい。人は誰しも、さまざまな面を持っているものです

鈴木 裕介

内科医・心療内科医・産業医・公認心理師。

高知・東京・神奈川の病院や診療所で一般内科・へき地診療・在宅医療を経験。転職しコンサルタント経験を経て、2018年に「セーブポイント(安心の拠点)」をコンセプトとした秋葉原saveクリニックを開業。専門はトラウマ・解離臨床、人材育成・コーチング。近著に『「心のHPがゼロになりそう」なときに読む本』(三笠書房)、『がんばることをやめられない』(KADOKAWA)など多数。著者累計30万部以上。スプラトゥーンの総プレイ時間は3000時間以上で愛用ブキはパブロ。

X(Twitter): https://x.com/usksuzuki

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