【あのひとの子育て】〈前編〉愛情も厳しさも、いつか子どもに伝わる “タイムカプセル”(マスミツケンタロウさん・セトキョウコさん)
ライター 片田理恵
子育てに正解はないといいます。でも新米のお父さんお母さんにとって、不安はまさにそこ。自分を形作ってきたものを子どもにどう伝えるのか。正直、わかりませんよね。だって正解がないんですから。
だから私たちはさまざまなお仕事をされているお父さんお母さんに聞いてみることにしました。誰かのようにではなく、自分らしい子育てを楽しんでいる “あのひと” に。
連載第11回は、造形作家・マスミツケンタロウさんと料理家・セトキョウコさんご夫妻をお迎えして、前後編でお届けします。前編では父・ケンタロウさんにお話を伺いました。
大事なのは、親である僕ら自身が暮らしを楽しむこと
▲左から母キョウコさん、息子の和玖くん、父ケンタロウさん。オランウータンのぬいぐるみ「ウータン」は、和玖くんと一緒に育ってきた兄弟のようなパートナー。
山梨県北杜(ほくと)市。すぐそばを流れる川のせせらぎを聞きながら暮らす、3人の家族がいます。造形作家のマスミツケンタロウさん、料理家のセトキョウコさん、そして小学1年生のひとり息子・和玖(わく)くん。
2015年、一家は東京から北杜市へと移り住みました。和玖くんは東京で通っていた保育園が大好きだったこともあり、最初は新しい環境になかなかなじめなかったそう。それでも少しずつ土地を知り、人と親しみ、慣習を受け入れながら、自分たちらしい暮らしを築いてきたといいます。
古い家屋と納屋に手を加えて作ったという家族の住まいと父のアトリエ、母のキッチン工房が連なる【On the river】は、手仕事ならではのやわらかな温もりと積み重ねた年月の佇まいが美しい、なんとも心地よい空間。食事も、仕事も、遊びも、くつろぎも、勉強も、友達をもてなすのも、この家で。夫妻のそんな思いが伝わってくるようです。
マスミツさん:
「子育てで一番大事なのは、まず親である僕ら自身が充実感を持って暮らしていることだと思っています。最も身近な大人である自分たちが楽しむ姿を見せることが、子どものためにもなるんじゃないかと。僕らは夫婦ともに『家』が仕事場でもあるので、お互いがやりたいことをやれるような形を模索しながら、この場所とここでの暮らし方をつくってきました」
「大好きだよ」と言葉で伝えるより、形で見せたかった
▲マスミツさんが作ってきた、和玖くんの歴代の靴
マスミツさんは和玖くんが生まれてからずっと、世界にたったひとつしかない、息子のための生活道具やおもちゃを手作りしています。木片で作ったカメラや腕時計、ゾウやライオンなどの動物を模した革の人形、和玖くん専用のミニキッチン、毎年足のサイズを計測しては新たなものを作ってきた革製の紐靴。
そして昨年、小学校に入学した和玖くんに贈ったのはランドセルでした。
マスミツさん:
「完成したのは入学式前日。なんとか間に合いました。僕よりも、まわりの方がヒヤヒヤしていたみたいです(笑)。普通の真っ黒いやつじゃあおもしろくない、でもあんまり変わったデザインだと本人がイヤだろうなと思ったので、ゴール設定は『誰が見てもランドセルとわかるもの』に。
(ランドセルを作るのは)簡単じゃないですよ。でもその『簡単じゃない』ことを父親がやって見せるのが大事だと考えたから。和玖のことが大好きだよと言葉で伝えるよりも、形として見せる、苦労して工夫して作るその過程を丸ごと見せることで、何か感じてくれるんじゃないかなと思ったんです」
手作りのランドセルは “タイムカプセル”
このランドセルは、タイムカプセルのようなもの。マスミツさんはそう言います。今すぐはわからなくても、込めた思いや愛情にいつか和玖くんが気づくことがあるかもしれない。それが楽しみだ、と。
マスミツさん:
「自分が子どもの頃にしてもらったことが根本にありますね。
僕が小学生だった頃、中学受験をすることになったんです。それで母が『机と椅子を買ってあげるから、ふたりで選びに行こう』と。出かけた店で僕が気に入ったのが、勉強用というよりは会社の役員が座るみたいな黒塗りのデスク(笑)。その時は、『これじゃなければいらない』とまで言って。
値段も高かったと思うんですよ。さすがにその場では即決しなかった。でもその後お茶をしに入ったロッテリアで、母はしばらく考えてから『よし、買おう!』と言ってくれた。うれしかったですね。気に入った机を買ってもらえることもうれしかったけど、今思えば、母のその姿勢が何よりうれしかった。
とはいえ、そのありがたみや母の思いに気づいたのはずいぶん後になってからでした。それが僕が受け取ったタイムカプセル。だから今度は僕が和玖に渡す番なんです」
家族というチームで、状況に応じたフォーメーションを
父と息子という親子関係にありながら、同時に先輩と後輩でもあり、かつ気のおけない同性の仲間でもある。マスミツさんは和玖くんの存在をそんなふうに感じているそう。だからこそわかりあえるところも、あるいはわかりあえないところもあるのだと言います。
マスミツさん:
「家族3人をひとつのサッカーチームだとすると、時と場合によってフォーメーションが変わるわけです。たまにお母さんが試合に出られなくて、普段なら3人で守るところを2人でカバーしなきゃいけないこともある。
そういう時の連携には新しい発見がありますね。和玖はこっち頼むね、お父さんはこっちを見てるから、みたいな感じで、互いに責任を持ち合える。うまく行った時は、喜びと讃え合いがあります。『僕たち、やったね』みたいな。
大人は大人、子どもは子どもと分けすぎなくていいと思ってるんです。たとえばたき火に火をつけるのだって、その場にいて、“手伝い” でやるのと、未熟でもひとりで一通りやってみるのとでは、物事への関わり方が大きく違う。
危ないことは、危ないからこそ早くに教えて、慣れながら自立していく方が本人のためにもなるんじゃないかなと。僕自身は子どもの頃、もっとそういうことを教えてほしかったし、やらせてほしかったんですよね」
マスミツさん:
「だから和玖にはやりたいことは基本的になんでもやらせています。キャンプをやりたいなら自分でテントを張る。火を使うなら、危ないからやめろじゃなく『気をつけてやれ』と言いますね。手はできるだけ出さないし、貸さない。
小学校に上がってから、うまくいかないのはできないんじゃなくてやらないからという側面も見えてきました。やればできることはたくさんある。子どもの力と可能性はすごいですから。
思うようにいかなくて放り出そうとするような時は『これは誰がやりたいんだ?』と聞きます。和玖がやりたいことは和玖がやるしかない。一番やりたい人が一番頑張らないといけない。そこから、自分の力で進む力を育んでいってほしいと思います」
手取り足取り教えるのではなく、背中を見せる
子どもは親の背を見て育つといわれます。けれどつい我が子かわいさに、振り返っては歩みを止め、手を引いたり、足下の石ころをどけたりと世話を焼いてしまう……なんてこともあるのではないでしょうか。
もちろんそれもまた親心。でもいつまでもそうしていたのでは、子どもは親の背中を見ることができません。ゆるぎない愛情があるからこそ、他の誰でもない親だからこそ、我が子が生きていくために必要な厳しさを伝えたい。そんなマスミツさんの思いがいくつものタイムカプセルになって、一家の暮らしの中に息づいているのだと感じました。
後編ではマスミツさんの妻であり、和玖くんの母である、料理家・セトキョウコさんにインタビュー。父と息子とはまた違った、母と息子の日々について伺います。
(つづく)
【写真】神ノ川智早
マスミツケンタロウ&セトキョウコ
夫・マスミツケンタロウは、革・金属・木・紙・廃材などの素材を用いて使う家具や暮らしまわりの道具を作る造形作家。全国各地で展示・ワークショップなどを開催している。
妻・セトキョウコは八ヶ岳で穫れた旬の野菜や果物を生かして、ケータリングや雑誌・書籍へのレシピ提供などを行う料理家。ストックフードブランド【菜と果】主宰。
ライター 片田理恵
編集者、ライター。大学卒業後、出版社勤務と出産と移住を経てフリー。執筆媒体は「nice things」「ナチュママ」「リンネル」「はるまち」「DOTPLACE」「あてら」など。クラシコムではリトルプレス「オトナのおしゃべりノオト」も担当。
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