【スタッフコラム】夕焼け色の日々

編集スタッフ 二本柳

その日、友人はどこか疲れ気味でした。

2歳の男の子を育てながら、メーカーのマーケティング部門で働く彼女。仕事から帰って急いで子供を迎えに行き、ご飯をつくってお風呂に入れさせて、気力も体力もないまま寝る……という生活の繰り返しに参っていると。

一方、勤続8年目となる職場では、いよいよ責任が増してきた。チームに若い世代を迎えると、30歳の自分がはじめて “おばさん” になったように感じると。

彼女が「暮らし」というものにこれほど疲れた様子を見せたのは、12年間の付き合いのなかでも初めてのことでした。

学生の頃から誰よりもフットワークが軽く、好奇心の塊で、いつも何かに「ときめいてる」ような彼女は、つい1年前も「ダメ元とわかっているけど海外留学にチャレンジしたい。アプライしないと気が済まないから、とにかくできる限りはやる」と猛勉強。いつ会っても年齢の壁を感じさせない姿に、「そっか。今からでもできるんだよな〜」と頭を柔らかくしてもらうこともしばしばでした。

まだ子供がいない私には、子育ての苦労が本当の意味ではわかりません。けれど、そんな友人の性格を知っているからこそ、そのときの様子が心配だったのです。

ランチをして別れた後、夕方にLINEメッセージを受信しました。

「家に帰ったら、リビングで夫と子供がぐっすり昼寝してた」 と、ただそれだけの報告でした。

彼女が見たその光景を、私も頭に浮かべました。

それは、とてもとても温かい光景でした。夕日のなかで寄り添って眠る父と子の姿は、どうしようもなく優しいものとして彼女の目に映ったに違いありませんでした。

そのとき思いました。

「現実」は「夢」よりも、断然に温かい。

「夢」がとびきり美しく澄んだコバルトブルーなら、「現実」は夕焼けのようなオレンジ色だなと。ストンと胸に落ちるような気持ちで、そう感じました。

私も、ときどき夢見心地だった22歳くらいの自分を思い出すときがあります。

何者かになりたいとまでは思わなくても、自分の人生には色とりどりの選択肢が広がっていると思っていたし、それを自分の意思で選ぶくらいの強さを持ち合わせているという自信もあった。ステータスとか様々な制限で、何かを諦めたり、妥協したりする人生とは無縁だとも思ってました。

一方、今日一日をなんとか無事に乗り切ることで精一杯な30歳の自分は、当時の自分に比べて、なんと色あせたものだろうと感じる日もあります。

でも、たまった2人分の洗濯物も、スーパーの袋を持って赤くなった腕も、疲れを癒すビールも、この「現実」をつくるひとつひとつの光景は、少なくとも22歳の夢で思い描いてたものよりも、ずっと温かいと思える。

そう気づいたら、友人の分まで勇気がわいてきました。

それをLINEで伝えると、彼女からまもなくして返信が届きました。

「数年後に思い出すのも、こんな現実の日々なのかもしれないね」。

母になって、仕事の責任も増えて、昔よりも少しだけ自由を手放した彼女。でも今が一番きれいな女性だと、私は思います。


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