【フィットするしごと】人生はすべてつながっていく。世界37ヵ国で郷土菓子を学び見つけた、新たな冒険

ライター 川内イオ

旅するパティシエ鈴木文さんのインタビュー後編です。前編で趣味のお菓子作りを仕事にした鈴木さん。後編では、ついに「旅するパティシエ」の名の通り、世界を巡り始めます。

クラシコムジャーナルで2020年4月に公開したライター・川内イオさんの記事を再編集してお届けします。

 

アポなしアタックナンバー2

写真提供:鈴木文

2016年1月より、鈴木夫妻は約1年かけてアメリカ、中南米、アフリカ、ヨーロッパ、中東、アジアの37カ国を巡った。新しい町に入るたび、鈴木さんはパティスリーを探し、ピンとくるお店があると「一緒にお菓子をつくらせてください!」とその場で申し込んだ。

アポなしアタックはハードルが高く感じるが、まだパティシエにもなっていない22、23歳のときから、カフェにケーキを売り込んできた鈴木さんだから、それほど難しいことではなかったのかもしれない。この旅でアタックに成功したのは、50回以上。そのなかでも印象的だったのは、キューバの首都ハバナのパティスリーだという。

社会主義国家のキューバは、長年アメリカから経済制裁を受けていることもあり、経済的には未発達で、食糧事情もよくない。例えば品切れでレストランに入れないこともしばしばあるし、卵の配給には行列ができる。

この苦しい状況のなか、ぜいたく品であるお菓子を作るパティスリーは少なかったが、一軒だけ多くの地元客でにぎわう店を発見。思い切ってアタックしたところ、オーナーシェフのミゲルさんが快諾してくれたそうだ。

教えてもらったのは、フランス発祥のお菓子「ミルフィーユ」。鈴木さんによると、キューバは16世紀からスペインの植民地だったが、19世紀から20世紀にかけて、キューバに渡ってきた移民のなかにフランス人も多くいたこと、隣国のハイチはフランスが宗主国だったことなどから、キューバでミルフィーユが入ってきて定着したと推測される。

写真提供:鈴木文

 鈴木さん
「ミゲルさんは、キューバが少しずつ市場経済の導入を始めた2008年頃、手に職をつけようと思い立って、製菓学校に通ったそうです。それで、2010年に自営規制緩和が始まったタイミングで、お店を開いたと聞きました。今は従業員も3、4人いて、しっかり家族を養っていると聞いて、キューバの食糧事情を考えるとすごいなと思いました。ミゲルさんのミルフィーユはちゃんとヨーロッパの歴史を受け継ぎながら、現地のエッセンスを加えていて、さすがにおいしかったですね」

写真提供:鈴木文

ちなみに、現地でミルフィーユは、スペイン語で結婚していない女性の敬称に使われる『セニョリータ』と呼ばれているが、キューバ人にも理由はわからないそうだ。

 

中近東から南米に渡ったお菓子

この旅で最も鈴木さんの心をとらえたお菓子は、「アルファフォーレス」。練乳を使ったキャラメルクリームを厚めの焼き菓子でサンドしてあるシンプルなお菓子だが、南米のいたるところで同じレシピ、同じ形で売られていることに気づいて、興味を持った。調べてみると、壮大な歴史が背景にあった。

鈴木さん
「もともと中近東で生まれたお菓子で、アルファフォーレス(Alfajores)」という名前も、アラビア語の『はさむ』という言葉に由来しているんです。8世紀にイスラム帝国軍がイベリア半島に侵攻した時にスペインに持ち込まれて、その後の大航海時代に南米に伝わったと聞きました。スペインから南米に渡ったお菓子はたくさんあるんですけど、名前を変えたり形を変えたりってよくあることなのに、アルファフォーレスは原型そのままなんですよ。しかも、こんなに南米全土で愛されているお菓子ってほかにないから、なんでだろうってずっと気になって」

旅をしている間に、この疑問に対する鈴木さんなりの答えが浮かんだという。それはぜひ本人から聞いてほしい。1000年以上かけて中近東からスペイン、南米にたどり着き、今も形を変えずに愛されているお菓子の歴史は、僕が好きなテレビ番組『世界ふしぎ発見』に出てきそうな話だ。

ほかにも、ナミビアの砂漠の休憩所にあるパティスリーで売られていたアップルクランブル、パティスリーだらけのエルサレムで作った伝統的なお菓子ハルヴァなど、語りつくせないほどたくさんのお菓子の思い出とともに、2016年12月、鈴木夫妻は帰国した。

 

カフェを開いて気づいたこと

「世界の郷土菓子をつくる旅」の最中、鈴木さんは「旅するパティシエ」として情報を発信していた。帰国後、その経験を活かした活動を模索することになる。

2017年9月、豊島区にあるゲストハウスの一階にある喫茶スペースを間借りして、「世界のおやつ」をテーマにしたカフェをオープンした。すると、珍しい、見たこともない世界の郷土菓子を求めて、お客さんが来るようになった。鈴木さんは、旅先で仕入れたお菓子の歴史やエピソードを伝えようと張り切った。ところが、お客さんによっては、鈴木さんの話に興味がなさそうな人もいた。あるいは、コーヒーだけ飲んで、お菓子を頼まない人もいた。あれ、なんでだろうとモヤモヤしているうちに、ハッとした。

鈴木さん
「あの時、私は前のめりになってたから、コーヒー一杯だけしか頼まない人には、お菓子は頼まないんだ……って悲しくなってたし、お菓子を食べてくれるお客さんには、いろいろ説明したくてしょうがなかった。でも、人がカフェに来る理由って自由なんですよね。コーヒー一杯だけ飲みたい人もいるし、静かに食べたい人もいるんですよ」

カフェに来てくれるお客さんとの会話は楽しかったし、自分のお菓子に興味を持ってくれるのも嬉しかった。でも、自分がやりたいことを実現するのは、カフェという方法ではないかもしれないと思うようになった。じゃあ、どうしたらいいのかと考えても、わからなかった。

そんな時、コロンビア大使公邸で開催されたメラルドマウンテンコーヒー上陸30周年記念イベントで、お菓子のケータリングの依頼が入った。合わせて、高品質でおいしいのに日本ではあまり知られていないコロンビアのカカオをもっと世に広めたいという相談を受けた。そこで鈴木さんは、コーヒーと合うコロンビアのお菓子を創作。イベントでは、旅で訪ねたコロンビアの紹介と合わせてお菓子の背景をプレゼンした。これが、クライアントから思いのほか好評だった。

写真提供:鈴木文

お菓子のストーリーを伝える

同じ頃、アパレルブランド「トゥモローランド」のバイヤーからも問い合わせがあった。アフリカの雑貨をポップアップしたい、でもアフリカはまだまだニッチだからそれだけじゃ人が来ない、なにか協力してもらえないか? という内容だった。

話を聞くと、アパレルメーカーがこだわりを持ってストーリーを伝えようと思っても、お客さんにとっては、かっこいいかどうか、かわいいかどうかが先に立って、なかなか関心を持ってもらえないという悩みがあった。

そこで、鈴木さんはブランドのコンセプトを表現するようなお菓子があれば、お客さんの興味を惹くきっかけになると考え、アフリカのエッセンスを取り入れたオリジナルスイーツを作ることを提案。レモンのような酸味があるバオバブの木のパウダー使ったカラフルな和菓子と、アフリカ原産のカカオを使ったチョコレートのケーキを作った。このお菓子は、色鮮やかなアフリカの雑貨とともに、トゥモローランドの店頭に並んだ。

写真提供:鈴木文

この2つの仕事は、鈴木さんにとって、これこそ自分がやりたかったことだという手ごたえがあった。世界一周したことで、現地のリアル、郷土菓子のレシピや歴史を知っているからこそ、クライアントのニーズに合わせたコラボができるし、クライアントの課題解決の手助けもできる。

なによりも、ただ「世界の郷土菓子」を再現するのではなく、これまでの旅の中での学びに、パティシエ・鈴木文としてのエッセンスを加え、自分にしかできない新しい提案とお菓子を生み出すことに挑戦していきたいと考えるようになった。

鈴木さんの背中を押すように、最近では、企業や自治体から声がかかることが増えた。ブランドのプロモーションやコンセプトに沿った商品開発を通じて、いま、「世界のおやつ」はどんどん広がりを見せている。

 

新たな旅の始まり

鈴木さん
「パティシエとして、職の広がりを感じています。これまでは、ひとついくらでお菓子を売るか、レストランの厨房でデザートを作るしかなかった。でも、それってすごくもったいないと思うんです。お客さんに伝えたいこともあると思うし、もっと話をするべきだと思います。私はお菓子にまつわるストーリーを話すのが好きだし、企業や自治体と組むことで、違った切り口でお菓子を見ることができて、自分の中でも発見になっていますね。コミュニケーション重視のアパレルで働いていたこともあるし、今までの人生がいろいろな形で繋がってるって感じます」

社会人になってから、ほぼ3年ごとに職場を変えてきた鈴木さん。帰国して、今年で3年が過ぎた。これから、どこへ向かうのだろうか?

鈴木さん
「基本的には自信がないので、学んでないと不安なんです。だから、旅行中、海外のパティスリーでお菓子作りを習ってる時間はすごいエキサイティングでした。日本に帰ってきてから、ひとりでずーっと作っていることに限界を感じていて。日本でもどんどん学んでいきたいし、面白いことをしたいですね」

今、池袋の近くの民家を改装して、アトリエにする計画が進んでいる。そこはパティスリーやカフェではなく、お客さんとコミュニケーションをとりながら、世界のおやつを楽しむ場所にしたいそうだ。そこからまた、新しい冒険が始まる。

(おわり)

【写真】鍵岡龍門

 


もくじ

前編
わたしのお菓子はいくらで売れるの?好奇心で漕ぎ出した「旅するパティシエ」の船出

後編
人生はすべてつながっていく。世界37ヵ国で郷土菓子を学び見つけた、新たな冒険

 

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鈴木文

パティシエ

立教大学卒業後、株式会社バーニーズジャパン入社。アパレル業界を経て、パティシエに転身。ザ・ぺニンシュラホテルのフレンチレストランやパティスリーなどで修行を積んだ後、会員制レストランでシェフパティシエに就任。退職後は約1年にわたり、世界各地でお菓子を作る旅へ。これまで50カ国以上を訪れ、500種類以上の世界のお菓子を学んだ経験をもとに、お菓子ブランド「世界のおやつ」を主宰。 企業や自治体、大使館などの商品ブランドのプロモーション・レシピ開発・WS講師・お菓子ケータリングなどの事業を展開しながら、創作菓子とともに、旅とお菓子のストーリーを届けている。

ライター 川内イオ

1979年生まれ。大学卒業後の2002年、新卒で広告代理店に就職するも9ヶ月で退職し、03年よりフリーライターとして活動開始。06年にバルセロナに移住し、主にスペインサッカーを取材。10年に帰国後、デジタルサッカー誌、ビジネス誌の編集部を経て現在フリーランスエディター&ライター&イベントコーディネーター。ジャンルを問わず「規格外の稀な人」を追う稀人ハンターとして活動している。稀人を取材することで仕事や生き方の多様性を世に伝えることをテーマとする。

 

▼連載:フィットするしごと


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