【57577の宝箱】玉虫のように心は光るもの 色とりどりの人生を行け

小説家 土門蘭

先日服屋さんで買い物をしているとき、店員さんの手の爪に目が留まった。
「爪、いい色ですね」
そう言うと彼女は照れ臭そうに笑い、
「ドラッグストアで買った安いマニュキュアで、ささっと塗っただけなんですよ」
と、手を広げて見せてくれた。職業柄なのか短く切りそろえられた爪は、落ち着いたうぐいす色に塗られている。
「気分を変えたいときなんかに、いいなって思う色があるとつい買っちゃうんです」
へえーとわたしは感心して、彼女の家にあるマニュキュアの小瓶を想像する。いくつくらいあるんだろう。いろんな色があるんだろうな。

好きな色を気軽に取り込めるのって素敵だなと思った。季節や気分に合わせてもいいし、コーディネートに合わせるのも楽しいのかもしれない。
何よりも、彼女の爪が本当に「ささっと塗っただけ」な感じなのがよかった。それまでわたしは、マニュキュアはプロにばっちりきれいに塗ってもらうもの、と思っていたのだ。でも彼女の爪は良い意味でカジュアルで、全然気負っていない。まるで一輪挿しにぽんと投げ入れられた花のようで、「こういう美しさもあるんだな」と改めて知らされた。

爪を塗る、ということが急に身近に感じた瞬間で、わたしにもできるかもしれないと思った。それはちょっと、心が浮き立つ瞬間だった。

§

さっそくドラッグストアに行く機会があったので、マニュキュア売り場も覗いてみた。色とりどりの小瓶がずらりと並んでいる。サンプルに自分の爪を合わせてみたり、色の名前を見比べてみたりと、どれにするか長らく悩んだ。

最終的に選んだのは、ベージュとローズピンクの中間のような色のマニュキュアで、わたしはそれを、ミルクを溶かした紅茶みたいだと思った。これから寒くなる今の時期にぴったりないい色だなと。
帰ってから、真新しいマニュキュアで爪を塗った。不器用な上にせっかちなので、よれたりはみ出たりしてうまく塗れない。それでも、やっと10個すべてを塗り終えたときは嬉しかった。目の前で両手を開き、「かわいい」と独り言を言ってしまう。

似合わないからとか、下手くそだからとか、それまでいろいろ理由をつけて、手の爪を塗ったことがほとんどなかった。友達のきれいに塗られた爪を見ては「いいなぁ」と思いつつも、自分とは関わりのないことだと思っていた。

だけど今、わたしの爪は新しい色を纏っている。キーボードを叩いたり、ドアを開けたり、箸を持ったり……そんな日常のなんでもない手の仕草が、いつもよりもずっと新鮮に感じた。ミルクティー色の自分の手の先が、色に誘われるように優しくたおやかに動くみたい。

こんなに簡単に変われるんだ、と驚いた。色の力ってこんなに大きいんだ。

§

もともとわたしは手持ちの化粧道具が少なくて、アイシャドウやリップも1種類しか持っていなかった。自分に似合っている色はこれだと思うと、そればかり使ってしまうのだ。
でも、爪の色を変えてみて気持ちが変わったように、顔に乗せる色を変えてみるとまたおもしろいのかもしれない。そう思って、化粧品も新しい色にチャレンジしてみた。

たとえば最近気に入っているのは、友人からもらったピンク色のアイシャドウだ。わたしはひとえまぶたで睫毛も短いので、愛らしい色よりもゴールドやブラウンといった大人っぽい色の方が似合うと思い込んでいた。でもそれを使ってみたら、自分の目元がいつもより今っぽく、垢抜けて見えて驚いた。
「意外と似合う!」
鏡を見ながらつい笑ってしまう。その表情は、いつもの自分なのにいつもと違っていて、わたしは鏡を覗き込んでしまった。

ずっとこの顔と付き合ってきたけれど、纏う色を変えるだけでずいぶん印象が変わる。いいことを知ったと思った。わたしはまだまだ、自分に飽きないでいられるかもしれない。それはささやかな、でも確かな希望だった。

§

ときどき、「楽しみなんて何もない」というような気持ちになることがある。何があったわけでもないけれど、どうもやる気が出ず憂鬱で、みんなが輝いて見え、自分がくすんで見えてしまうときがある。

でもそういうときって、実際にくすんでいるんじゃなくて、大抵自分が自分に飽きているときなのかもしれない。同じ自分ばかりを見すぎて、慣れてしまっただけなのかもしれない。

そういうとき新しい色を纏うと、少し違う自分に出会える。まるでスパイスがスープの旨味を引き出すように、新しい色がわたしの別の魅力を引き出す。ああ、自分はこういう表情もできるのか、こういう仕草もできるのか。色を変えることで、新しい自分の魅力を再発見する。

この世にはたくさんの色があって、それと同じ数だけ自分にも魅力があるとすれば、自分に飽きている暇なんてない。ドラッグストアのマニュキュア売り場だけでも、何十色もあるんだから。

生きているうちにどれだけの自分に出会えるだろう。そんなふうにワクワクできることは、やっぱり確かな希望なのだ。

 

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。


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