【レシート、拝見】スーパーマーケットに送るラブレター

ライター 藤沢あかり

 


矢口紀子さんの
レシート、拝見


 

「もうとにかく、愛していると言ってもいいくらい好きですね。3年前、今の家に引っ越した理由も、ここが近くなるから。そのぐらい大好きです」

愛の告白ではない。ではなんの話かというと、スーパーマーケットである。

「すごくコンパクトなスーパーなんです。それなのに、自分がいいなと思うツボをついた品揃えがぎゅっと集まっていて、とても買い物しやすい。とにかくこの店が好きで、ほんとうによく行きます」

スーパーに愛を叫んでいたのは、インテリアスタイリストの矢口紀子さん。
自宅から徒歩1分というその店のレシートを拝見すると、卵に牛乳、納豆、いちご、豚バラブロック肉に、鶏むね肉、削り節に醤油。なるほど、たしかに冷蔵庫のスタメン選手から季節の果物、調味料まで、食材の大半をここで揃えているのがわかる。

「この日は9000円を超えているから、ひとり暮らしのレシートとしては、なかなか高額ですよね。日曜日でしょう、ポイントが10倍なんです。だから、2日前にも行きましたが、その日はすぐに食べるものだけ。日曜日は、生鮮品だけじゃなくてちょっとストックしたいものも買いました。純米酒も買ってますね。ここはお酒の品揃えも良いんです」

このスーパーは、かれこれ10年以上、今の家に住む前から足繁く通うお気に入りだ。以前の住まいは、猫と暮らせる条件で選んだテラスハウス。味わいのある古さも好ましく、駅も今よりずっと近く便利だったけれど、いかんせん、とにかく寒かった。

「室内なのに息が白くなるくらい。猫がいなくなってからは、機会があれば引っ越したいとずっと思っていましたが、更新の時期に合わせるとなかなか見つからなくて。結局、タイミングを気にするのをやめたら、ポンと見つかったのがここでした」

駅から随分と離れた立地ゆえ少し迷ったものの、毎日決まった時間に駅に向かう会社員ではない。なによりこのスーパーが今まで以上に近くなる。決め手はスーパーだった。

「はまさき 999円」。この明細はなんですかとたずねたところ、みかんの名前らしい。

「はまさきっていう品種のおみかんです。1個100円ちょっとするので、高級みかん。あるとき試食をしたらすごくおいしくて、ここ2年くらい買っています。とにかく甘くてみずみずしくて、味がいい。色も濃くてね、きれいなんですよ。なかなか勇気が出ない金額ですけど、ジュース1本を飲むような気分で、ちょっとした贅沢です。ほらちょっとむいてみましょうか、見てください、皮も薄くてね」

デパートの実演販売さながらに、流れるような口調でみかんの良さが次々にあふれだす。なるほど、ジュース1本を飲むと思えば、とその例えに納得しながら、気づけばわたしを含めその場にいる全員がノートやスマホに「はまさき」とメモしていた。

冷蔵庫から出てきた肉のかたまりは、レシートにあった「豚バラブロック」だ。
塩をすりこんで、そろそろ1週間。今夜あたり白花豆と一緒に煮込む予定でいるという。袋の口を留めていたシンプルなクリップが気になりたずねると、その便利さといかに愛しているかをまた、引き込まれる話術で語ってくれた。

じゃあ、と煮込み用に戻している豆を見せてもらえば「この豆、新豆でね。お正月に買った黒豆がびっくりするくらいおいしくて、ほかの豆もと調べてみたら……」と話はどんどんと広がる。煮込む鍋はというと、20年来愛用している古い電気鍋。そこにもまた、思い入れたっぷりの様子である。

ロケバスのスタッフと食べた焼き鮭弁当は、「おかずはもちろん、ごはんも、漬物も、すみずみまでおいしい」と評し、いかに心まで満ち足りるかを伝えてくれるし、IKEAのレシートをのぞいてみれば、おなじみの定番チョコレートの好きなところをしあわせそうに語る。何枚ものレシートを見せてもらいながら、どれを尋ねても「これはね、」と楽しげに話してくれるのだ。まるで、一番の宝物を教えてくれるかのように。

ありていに言えば、「身の回りをお気に入りで満たしている」という話なのかもしれない。でも、お気に入り、こだわり、愛用品。どの言葉も、なんだかしっくりこず、ようやく行き着いた答えは「愛情」だった。

矢口さんはあらゆるものに、「わたしはこんなところが好き」という視点をもっている。それは、デザインがいいとか便利だとか、どれにでも当てはまる言葉ではなく、「これにしかない、こんな良い一面」をぴたりと見極める愛情だ。わたしはそれをラブレターのようだとも思う。

きっと、矢口さんは、どんなものでもいいところを見つけるのがとても上手なのだろう。

今の家は、古さと清潔さが同居して、そのありそうでない塩梅がとても気に入っているのだと教えてくれた。建具の色、収納のつくりの丁寧さ、「いたるところが、きちんと考えて大切に作られているんですよね」と、一つひとつを愛おしむ。
ただ一点難を挙げるとすれば、冬のリビングに日が差す時間の短いことだけが残念らしい。けれど、その限られた光を存分に楽しみたい気持ちのあらわれか、自然と窓辺にガラスのオブジェや小物、光を受けたら美しいと思えるものを、いくつも並べるようになった。

「これはボヘミアガラスで、実際にチェコに行ったときのものです。屑ガラスだと思いますが、きれいで惑星みたいなんですよ。こっちはずいぶん前のスノードームで、このドライフラワーのペーパーウェイトも好きなんですよね」と、これまた愛情が止まらない。

では矢口さん、この貝殻は?

「あぁそれ、居酒屋で食べたアワビです。一昨年の忘年会だったかな。いいでしょう、ほら、キラキラして。あんまりきれいだから、持って帰ってきちゃいました」

ほらやっぱり、矢口さんは物ごとのいいところを見つけるのが上手な人だ。

 

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矢口紀子

雑誌や広告、カタログなどを中心に活躍するインテリアスタイリスト。自然体でありながら、ほどよく遊び心やアクセントを添えたスタイリングを手がける。愛情にあふれたもの選びにも定評があり、デザイン家具から作家の手仕事、民藝まで、その興味と知識は多岐にわたる。山登りと旅、猫が好き。

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ライター 藤沢あかり

編集者、ライター。大学卒業後、文房具や雑貨の商品企画を経て、雑貨・インテリア誌の編集者に。出産を機にフリーとなり、現在はインテリアや雑貨、子育てや食など暮らしまわりの記事やインタビューを中心に編集・執筆を手がける。

写真家 吉森慎之介

1992年 鹿児島県生まれ、熊本県育ち。都内スタジオ勤務を経て、2018年に独立し、広告、雑誌、カタログ等で活動中。2019 年に写真集「うまれたてのあさ」を刊行。

 


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