【レシート、拝見】暮らしは小さな宇宙にも似て

ライター 藤沢あかり

 


宮地ヒロ子さんの
レシート、拝見


 

「食材のまとめ買いはあまりしないですね。少し多めに買って作り置きをしても、家族みんなものすごく食べるからストックできずになくなっちゃう。買い込みすぎて使い切れなくなるのは悲しいですし、必要なタイミングで買いにいくのが向いているみたいです」

わたしもよく知る、おなじみのスーパーや食料品店のレシートが並んでいる。食パンに魚やうどん、ポテトチップス、ドリップ用に挽いてもらったブレンドコーヒー。家族4人が暮らす家の、なんてことのないレシートだ。

「わたしね、今考えてみるとおかしな話ですが、少し前までスーパーでパンを買うことにためらいがあったんです」

グラフィックデザイナーの宮地ヒロ子さん。デザインの仕事に加え、最近は占星術の視点を取り入れたプランニングも始めたらしい。

ところで、スーパーのパンにためらいとは?

「以前は、気軽に買えるものより、少し遠くても作り手の顏が見えるものを買うことで『ちゃんとしている安心感』を得ていたのかもしれません。そうでない選択をする自分を受け入れられなかったんです。今は、ずいぶん考え方も柔らかくなり、買い物に対するお金や時間のかけかたも変わってきました」

どうしてそれを買うのか、なににお金を使うのか。きちんと考える入り口になったのは、占星術がきっかけらしい。

「もともと魔女っ子世代というか、占いやおまじないが大好きでした。でも、自分が占ってもらうことはほとんどなかったんです。自分でなんとかしたい気持ちも強く、信じているけれど、どこかで信じていないような、ちょっと斜に構えて見ていた気がします」

 

転機は子育てだった。初めての子育ては喜びにあふれる一方で、思い通りにいかないこともしばしば訪れるものだ。宮地さんも例外ではなかった。

「これはこの子の個性なのか。より良い子育てをしていくには、どうしたらいいんだろうと悩みました。今思うと、個性を認めたいと思う反面、幼稚園や小学校生活などの社会との関わりが始まるにつれて、いわゆる『いい子』の型にはめようとしていたのかもしれません。迷惑をかけないように、いじめられないか、そんな心配ばかりをしていました。

でも、あるとき占星術で子どもの星の配置を調べてみたら、生まれ持った個性がまさに、わが子の特徴を表していたんです。今の姿が、ありのままのこの子らしさなんだよ、というのを見せてもらった思いでした。そこから、自分も少しずつ変わっていけた気がします」

ここでいう占星術とは、生まれた日時や場所を天体の位置、動きなどと照らし合わせながら分析し、読み解いていくものだ。宮地さんは、こう付け加えた。

「占星術で、先入観を持って決めつけているわけではないんです。ただ、自分を含め、人ってわかりそうでわからないところがありますよね。わたしの場合は星という第三者の視点でものごとを見ることで、輪郭がはっきりして、手触りを感じることができるイメージです。なんとなくわかっていたけれど、あぁやっぱりそうだったんだね、って思えるような」

占星術は、自分やだれかをさらに理解し、深く知る手立てのひとつというわけだ。誰しも、思い通りに生きているわけではない。いろいろ葛藤や折り合いをつけるなかで、本音と裏腹な発言をすることもあれば、さばききれない感情があふれだし、言動を後悔し、苦しむことだってあるだろう。

「自分とは別の視点をもつと、あぁきっと今はしんどいときだったんだな、とストンと腑に落ちるんです。自分の中にどうにもならない部分があるように、子どもも思い通りにいかなくてつらいかもしれない。星の配置によっては、無理して動き回らずに家でのんびりセルフケアをする日にしてみようと思えたりもします。

うまくいかなくても必要以上に落ち込むことなく、人の性質をより深く愛せるようになりました」

そうやって、すべてのことには意味があると考えるようになると、身の回りの事象に感謝の気持ちをもてるようになった。俯瞰して自分を見つめることで、あらゆる奇跡が重なって、今ここに自分が生かされているのだと思えてくる。そこへきて、冒頭のスーパーのパンである。

「こういう考えを話すと、どんどんオーガニックにかたむいていく気がしますよね。わたしもそうだと思っていました。でも、行き着いたのはこだわりを手放すこと、選択肢ってそれだけじゃないんだ、ということだったんです。

天然酵母でゆっくり作られたパンのおいしさは格別です。友人らが手がけるオーガニックや古来種の野菜や地元で採れるものも応援していきたいし、これまで以上に感動して受け取っています。ただ、スーパーで買えるものでできる工夫もたくさんあるんだと気づきました。無理のない範囲で、今のベストの選択をしていけたらいいんですよね」

 

宮地さんがキッチンに立ち始めた。コーヒーの深くこうばしい香りがゆったりと漂ってくる。お気に入りの道具が並ぶキッチンで、ミルクを火にかけながら宮地さんが続けた。

「ほんとうは、コーヒーも豆をそのつど挽いて淹れたいし、素敵なミルがある暮らしにも憧れます。でも、今の自分にはほんの少しの時間も大切。手間や手入れのほうが負担になってしまうなら、お店で挽きたてのコーヒーを飲む時間を大切にして、そういうのができるときが来たら、また考えたらいいかなと思うんです」

 

暮らしの形に理想を掲げだしたらきりがない。もちろんそれは自分を鼓舞し、行きたい場所に引き上げてくれるモチベーションにもなるだろう。けれど、理想はときに今の自分を窮屈にもしてしまう。

理想へ向かう気持ちと、今を受け入れるおおらかさ。そのバランスを取ってくれたのが、宮地さんにとっての占星術だったのかもしれない。

窓辺に並ぶ観葉植物のなかに、5月らしい菖蒲の紫が色を添えていた。小さな生態系を成すアクアリウムには水草がゆらめき、気泡が光っている。隣には再生栽培だろうか、ニンジンのヘタから伸びたみずみずしい葉っぱ。

空気が揺れるたびに、リビングのウィンドウチャイムが軽やかな音色を奏でる。「金星をイメージした音階なんですよ」、宮地さんがおしえてくれた。

わたしは星も、気やエネルギーだとかも、そういうことにずいぶん疎い。でも、小さな宇宙に迷い込んだようなこの部屋は、たしかによい気に満ちている気がしたし、宮地さんが淹れてくれたコーヒーも心からおいしいものだった。

 

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宮地ヒロ子

グラフィックデザイナーとして活動しながら、現在は現代アーティストのアトリエでのお手伝いも。西洋占星術の知見を生かし、相手と深く対話するようにデザインを提案している。夫、2人の子どもと都内に暮らす。

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ライター 藤沢あかり

編集者、ライター。大学卒業後、文房具や雑貨の商品企画を経て、雑貨・インテリア誌の編集者に。出産を機にフリーとなり、現在はインテリアや雑貨、子育てや食など暮らしまわりの記事やインタビューを中心に編集・執筆を手がける。

写真家 吉森慎之介

1992年 鹿児島県生まれ、熊本県育ち。都内スタジオ勤務を経て、2018年に独立し、広告、雑誌、カタログ等で活動中。2019 年に写真集「うまれたてのあさ」を刊行。

 


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