【57577の宝箱】今はなき書店で生きてた本たちは 今も誰かの中で息づく

小説家 土門蘭


よく行っている書店が、もうすぐ閉店するというニュースを見た。

「えっ」と声が出て、動揺する。書店が消えることにはいまだに慣れない。私が住む街京都で、この数年の間に何軒の書店がなくなったかわからないくらいなのに。

ニュースを見た日のうちに、その書店へ向かった。
来月誕生日を迎える次男のために、彼の好きな『だるまさん』シリーズの絵本の続編を買う。それから、仮面ライダーの本も。長男が羨ましがるから彼のためにも、続きを読みたがっているコミックスを買った。おもしろそうだったので、平積みされていたシャーロック・ホームズの短編も買ってやる。それから自分のためにも、好きな漫画家さんの新刊と、ずっと読んでみたかった作品が文庫版になっていたのを買った。

レジでプレゼント包装をしてもらいながら、新刊コーナーをうろうろする。そうだ、欲しかった本があったんだ、と思い出し探してみたが、見つける前に「プレゼント包装でお待ちのお客様」と呼ばれた。ずっしりと重い袋を受け取りながら、欲しかった本を問い合わせてみたが、在庫切れとのことだった。じゃあ大丈夫です、とお礼を言って帰る。取り寄せる頃にはもうこの書店はない。これが最後の買い物だな、と思う。

よくここで待ち合わせをした。立ち読みをした。いろんな本を買った。
こぢんまりとして短時間で回るにはちょうどいい大きさで、座って本を読める場所もあって、駅が近くて便利だった。残念だなと思いながら、エレベーターを降りる。

§

子供の頃から、書店が好きだった。

初めての書店経験は、小学校のすぐ近くのたばこ屋さん。雑誌しか取り扱っていなかったけれど、『なかよし』『りぼん』『ちゃお』などの漫画月刊誌を、長い間いつもそこで買っていた。毎月1冊しか入ってこなかったから、私しか買っていなかったのだろう。発売日当日に並ぶ新しい号の表紙を見ると、胸がときめいて自然と笑顔が溢れた。母親からもらったお小遣いを持って、駆け足で買いに行ったのを覚えている。

街や駅に出かけることがあると、必ず書店に寄った。当然のことながら、たばこ屋さんよりもずっと品揃えがいい。両親には本を読む習慣がまったくなかったけれど、本を読むことは良いことだと考えていたらしく、私の本に対しては出費を惜しまなかった。
特に父はそれが顕著で、自分はスポーツ新聞しか読まないのに、私には世界の名作シリーズを1冊ずつ順番に買い与え続けた。古めかしい挿画のそのシリーズに触れると、自分がなにか良いものになった気がしたのを覚えている。

いつか本屋さんで働いてみたい。それが、幼い頃の私の夢だった。

§

その夢は、大学時代に叶うことになる。

本屋さんでアルバイトをしたいと思い、2,3軒の書店に履歴書を送ったのだが、1軒目の面接でこんなことを聞かれた。
「好きな本屋さんはありますか?」
私は、一人暮らしをしていたアパートの近くにある、個性的な書店の名前を挙げた。「あ、もしかして『貴店です』って言うところだったのかな」と内心焦ったが(その書店はバイトを募集していなかったのだ)、
「いいなぁ。僕もずっとそこに行ってみたかったんですよね。でも家が遠くて」
と採用担当の社員さんが言ったのでほっとした。いいお店ですよ、と言うと、へー今度行ってみよう、と。
「好きなジャンルは?」
とも聞かれ、
「えっと、戦後の純文学ですかね……」
と当時大学で研究していた領域を答えると、「渋いねえ」と笑われて即採用となった。

履歴書を送った中では一番時給が低く、小さな書店だったけれど、なんとなく「ここは合いそうだな」と思った。向こうもそう思ったのだろう。私はそこに2年弱在籍し、とてもよく働いた。書店で働くのは、予想通り楽しかった。

§

私がバイトをしていた書店のすぐ隣には、また別の大型書店があった。
それでもお互いにうまくやっているのは、大型書店で取り扱っていないコミックスを、うちが豊富に取り揃えて棲み分けしているからだった。どうも噂によると、そういう協定のようなものが結ばれていたらしい。

だからうちの書店の主力はコミックスだったのだが、私は「戦後の純文学が好き」と言って入ったので、文芸書を担当させてもらっていた。直属の上司は店長。この店長が、ものすごく厳しくてこわい人だった。一度遅刻したことがあったのだが、怒られた時にはあまりのこわさに足が震えたほどだ。

だけど、心から本を愛する人でもあった。几帳面な店長は、自らよく売り場のほこり払いをしていたし、帯やカバーが傷んでいる本に誰よりも早く気づいて、すぐに綺麗なものと取り替えた。お客様からの問い合わせには瞬時に答えて、在庫がなければ注文した。すべての本が店のどこにあるのか、頭に入っているようだった。

「本が傷むから、人差し指が楽に入るくらい余裕を持たせて棚に差して」
「スリップ(本に挟まっている短冊)やスピン(栞として使う紐)が外に出ていたら、綺麗に挟み直して」
「本棚は冷蔵庫と同じだから、常に循環させて」

店長の教えは今も覚えているが、一番記憶に残っているのは、彼が著者のことを「さん」付けで呼んでいたことだった。
村上春樹さん、吉本ばななさん、東野圭吾さん、太宰治さん、夏目漱石さん……。
現代作家も、昭和以前の時代の作家も、全員敬称をつけて呼ぶ。
「店長って、みんな『さん』付けで呼びますね」
ある日そんなふうに言ったら、
「だって、仕事仲間やから」
と店長は言った。「作家さんがいないと、僕たちは商売できひんからね」と。
とてもこわい人だったけれど、私は店長のそんな仕事っぷりが好きだった。

§

今はもう、その書店も隣にあった大型書店も両方ない。
店長は大阪の店へ異動になったと聞いたが、その後どうしているのかは知らない。

書店の跡地はいまだに空きビルでうら寂しい。だけど、がらんとしたその前を通りがかるといつも思い出す。入り口にはベストセラー本が賑やかに積まれていたこと。たくさんの人が本を手にしてくれたこと。大好きな本のためにポップを描いたら、売れて嬉しかった日のこと。バイト帰りに、よく本を買って帰ったこと。

重たい紙袋を持ち帰りながら、子供たちもずっと本を好きでいてくれたらいいなと思った。
そしていつか、気に入りの書店を見つけてくれたらいい。

それまで私が、書店に通い続けようと思う。

 

“ 今はなき書店で生きてた本たちは今も誰かの中で息づく ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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