【57577の宝箱】金色に輝くときを引き留めた 証拠が残る二日目の酔い

文筆家 土門蘭


ビールが好きで、ほぼ毎日飲んでいる。

仕事が終わって、子供たちを迎えに行って、夕飯を作るときに缶ビールを1本。音楽をかけながらビールを飲み、酔いが少しまわってくると機嫌良くちょっと歌ったりする。料理は得意じゃないけれど、リラックスできるこの時間が一番好きだ。夕飯を仕上げ、配膳する頃には1本飲み切り、大抵はそれでおしまい。あとはお茶か水。それ以上飲むと、眠くなってしまうのだ。

本当に、年々お酒に弱くなっている。昔はビールならいくらでも飲めたし、二日酔いなんてなかなかならなかったのだけど、30を過ぎたあたりからすぐに眠くなったり、飲みすぎると翌日に響くようになった。

だから1日1本が基本。今日も頑張ったなぁと冷蔵庫から取り出し、プルタブを引く。一口飲むと私の中のボタンがオフに切り替わり、いろんなことを「ま、いっか。明日考えよう」と思うことができる。この時間に癒される毎日だ。

§

だけど、時々つい飲み過ぎてしまう時がある。
さすがに若い頃よりは減ってきたけれど、それでも今も年に1,2度は盛大に酔っ払う。大抵は、自分の家で気の置けない友人と飲むときだ。

友達がおつまみとともにうちに来て、私は冷えたビールを供する。自宅だとお互いに「酔っ払っても大丈夫」という安心感が生まれるらしく、飲み過ぎないようにと思っていても気がつくと大いに酔っ払ってゲラゲラ笑っており、さらに気がついたときには服も着替えないままベッドに倒れていることがままある。

この間もそうだった。パッと目が覚めたときには、一瞬何が起こったのかわからなかった。「あ、飲み会をしてたんだ」と気がつくと「やばい!」とがばりと起きて、まず友達の安否を確認し(ふとんで寝ていた)、それから化粧を落としているかどうか確認し(なぜか落としていた)、そしてスマートフォンを手に取って、迷惑なLINEやメッセージを誰かに送ったりSNSに変な投稿をしていないかをチェックした(大丈夫だった)。世の酔っ払いのみなさまにも、きっとそんな泥酔後のチェックリストがあるはずだ。

頭はガンガンするし、服はしわくちゃだし、昨夜の断片的な記憶の中の自分のはしゃぎっぷりは顔から火が出るほど恥ずかしいし、まったくもって飲み過ぎても良いことがない。でも、私と同じような有様でふとんで寝息をたてている友人を見ると、ちょっとだけ慰められる。私と友人は、若い頃からこんな飲み会を何度も繰り返してきた。

なぜ私たちは性懲りも無く飲み過ぎてしまうのだろうか。
翌朝ふらふらと起きてきた友人にそう尋ねると、
「わからない……」
と彼女は言った。ちょっと気持ち悪そうに。わからないね……と私も答える。

二日酔いに苦しみながら、私たちは向かい合って水を飲んだ。
「昨夜、どこまで覚えてる?」
「後半あたりから全然覚えてへん」
「私も」
「あかん。めちゃくちゃ頭痛い」
「ねえ。なんか、カメラロールに私たちの自撮りがいっぱいあるんやけど……」
「何これ、めっちゃ楽しそう。こわい」
「もうお酒飲むのほんまにやめよう」
「うん、もう絶対飲まへん」

そう誓いつつ、友人はタクシーに乗って帰っていった。

§

その後、お風呂に入ったり片付けをして、二日酔いのまま庭で洗濯を干していたら、隣の家に住むおじさんに「おはよう」と声をかけられた。「おはようございます」と返すと、「体調悪そうやね」と言われたので、よほど辛そうな顔をしていたのだろう。

「昨日友達と飲み過ぎて、二日酔いになっちゃって」
と答えたら、自身もお酒好きなおじさんは朗らかに「ええやん」と笑った。
「それだけ楽しい時間を過ごしたってことやな」
それを聞いて、ガンガンと痛む頭が少し癒された。

確かに昨夜は、楽しかった。楽しくて、おもしろくて、もっと話していたくて、つい新しいビールを開け続けてしまった。お酒を飲んでいる間だけは、この時間を引き伸ばせるとでも思っていたんだろうか。次の日の時間の前借り(利息つき)にも関わらず。

でもおじさんと話していたら、それほど楽しい時間を過ごせたのは良いことだったんじゃないかな、なんて思った。まったくもって良いことがない、ってわけではないのかもしれない。
「そうですね。楽しくて飲み過ぎてしまいました」
私はちょっと笑った。

「あんたはまだ若いからなぁ。歳をとると、飲みすぎる前に眠くなるで」
「すでにそうなってきてますけどね」
「二日酔いになるくらい飲めるってことは、まだ若い証拠や」
「そうかなぁ」
「そうやで」

そう言って、ニコニコしながらおじさんは帰っていった。私はもう一度、洗濯物に取り掛かる。

「もう絶対飲まへん」なんて言い合ったけど、今のですぐに誓いが揺らいでしまった。多分また飲むんだろうな。でも、今度は飲み過ぎないように気をつけよう。多分、きっと。

 

“ 金色に輝くときを引き留めた証拠が残る二日目の酔い ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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