【57577の宝箱】歳月を重ねた手櫛に身を委ね ぷつんと抜かれた白い髪の毛

文筆家 土門蘭


約2年ぶりに母と会った。

コロナ禍でなかなか会いづらい日々の中、広島にいる母が久しぶりに京都に来てくれた。夜には仕事があるから(母はスナックをやっている)、日帰りで来るという。そんな無理をして大丈夫なの?と尋ねると、会えない方がしんどいのだと言われた。最近では、私や孫たちに会いたすぎて夢にまで見るのだと。私たちが行こうかと言ったが、年末年始まで待てないということで、11月のある日曜、母がこっちに来ることになった。

当日は、京都駅まで車で迎えに行った。
最近初めての車を買ったので、それに乗って迎えに行くと言ったら、「一人で来れるんね? 危ないじゃろう」と心配そう。「バスで行くけえ、迎えに来んでええ」とまで言う。
「せっかく買ったんだし、使わないともったいないじゃん」と言ったら、渋々納得してくれた。母は「もったいない」という言葉に弱い。

待ち合わせは京都駅の八条口。
当日、荷物を持って到着した母を見て、少し驚いてしまった。お母さんって、こんなに小さかったっけ。
母を見下ろした格好で荷物を受け取りながら、歩幅を合わせて歩き出す。紅葉シーズンの京都駅は人が多く、「京都は人が多いねえ」と横で母が言った。聴こえる声は変わっていなくて、私は少しほっとする。

母はもっとふくよかで、目鼻立ちがはっきりしていて、髪の毛が豊かな人だった。どうやら私はこの2年間で、もう10年も20年も前の彼女の姿を繰り返し思い出していたらしい。
あんなにテレビ通話をしていても、実際会うまでは彼女の姿形、質量の変化がきちんと感じられていなかったのだと気づく。この2年の間に、母は70歳を過ぎてしまった。

母がどんどん小さくなっていく、というフレーズは、いろんな本やドラマの中で見聞きしたことがあるけれど、「この感じがそうなんだな」と思う。この2年間がどんなに大きな空白だったのか、母に再会するまでちゃんと自覚できていなかったのだと思った。

§

トランクに荷物を入れ、助手席に母を乗せ、エンジンキーを回した。
周囲の確認をしつつ出庫する私を見ながら、「すごいねえ」と隣で母が感嘆する。ペーパードライバーだったのに、スムーズに運転できるようになったのがすごいと言うのだ。
「ペーパードライバー教習いうのがあって、練習したんよ」
母と話していると、広島弁が戻ってくる。えらいねえ、とまた母が言う。
「あんたは昔っから頑張り屋さんじゃったけえねえ」
ニコニコしながらそう話す母に対し「そうかね」と私は仏頂面のまま小さく答える。母も昔から変わらない。ことあるごとに私を大袈裟に褒めるのだ。
久しぶりに話すのもあり、なんだか恥ずかしく、私は運転に集中するふりをした。

どこか行きたいところはないのかと尋ねると、「あんたの家におるわ」と言う。
最近は膝の軟骨が擦り切れて痛い、歩くのも億劫だが動かないでいるとますます歩けなくなる、それなので今は週に何度かプールでウォーキングをしている、重力がない分膝に負担がなくていいとお医者さんに言われた……
照れて黙っている私の代わりに、母がたくさん近況を話してくれた。子供たちが留守番をしている家に向かって、私は安全運転で走り続ける。

§

孫と対面を果たした母は、とても嬉しそうに二人の手を握った。「会いたかったわ」と言う母に、男子二人は照れ臭そうに「俺も」「僕も」と返しながら、お土産のもみじ饅頭を受け取った。

母は家に着くなり、炊事場に残していたお皿を洗い、膝が痛いと言うのにキッチンの床を雑巾で拭き、冷蔵庫をピカピカに磨きながら「洗濯でも手伝おうか」と言った。いっときもじっとしていない。
「いいからゆっくりしてなよ」と椅子に座らせると、
「コーヒーが飲みたいね、アメリカンの」
と言うので、コーヒーを淹れて湯で薄めてあげた。私がいつも飲んでいるのでは、苦いと言って飲まないのだ。

隣に座って、コーヒーを飲む。すると母が私の頭に手を伸ばし、「黒くてきれいな髪の毛じゃねえ」と言って髪の毛に触った。
「お母さん、あんたがお腹におるときにいっぱい海苔とワカメを食べたけえ、そのおかげじゃ」
この話も、子供の頃から繰り返し聞かされた。あんたは短くしたがるけど、本当は長く伸ばしてほしいのだということもセットで。

でも母は、もう長く伸ばせとは言わなかった。その代わりに「あらっ」と言って、髪の毛を一本素早く抜いた。
「もうあんたも白髪が出る歳なんじゃね」
そう言って、目を丸くする。

近くで見る母の顔は確かに年老いていたが、そのぶん、私も一緒に年老いているのだと気づく。
小さくなっているのは、私だって一緒なんだろう。
そう思うと、最初に感じた寂しさが少し慰められる気がした。

「ねえ、まだ白髪ある?」
と聞いて見てもらうと、あと2本見つかった。母は意外と目がいいのだ。
「抜かんでもええ、キリがない」
面倒になったのかそう言って、母は薄いコーヒーを飲んだ。

 

“ 歳月を重ねた手櫛に身を委ねぷつんと抜かれた白い髪の毛 ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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