【57577の宝箱】捨てられないものの重みを感じつつ スーツケースとともに旅する

小説家 土門蘭


昨年、初めてドラマの脚本に携わった。その作品がもうすぐ公開される。

ゼロから脚本を書くのではなく、「すでにある脚本に、さらに肉付けしてほしい」という内容のご依頼だった。具体的には、主人公のキャラクターを深く掘り、それが伝わる演出を入れてほしいということ。
これまで小説やエッセイは書いたことがあるけれど、脚本は一度も書いたことがない。お話をいただいた時にはとても嬉しかったが、自分に務まるだろうかという心配も正直なところあった。

けれど、受け取った脚本を読んだ後には、そんな心配をしていたことすら忘れるほど、想像をめぐらせることに夢中になっていた。

「彼女は、どんな人なんだろう」

§

主人公は“栞”という。
28歳で、一人暮らしで、出版社に勤めている。読書と映画が好きで、自分の部屋で過ごすのを好むインドア派の女性だ。
そんな彼女が、ある時ひとり旅に出かける決心をする。物語は、旅に出かける前の荷造りのシーンから始まる。

いただいた脚本を読みながら、「どうして彼女は旅に出ようと思ったんだろう」と考えた。
読書好き、映画好き、インドア派。彼女は私と似ている要素をいくつも持っている。でも、私の中には「ひとり旅」という要素がない。
知らない場所に出かけるよりも慣れ親しんだ場所の方が寛げるし、本や映画の中でなら安全な場所で冒険を楽しめる。「旅」は物語の中にあるもので、自分の人生には縁のないもののように感じていた。
きっと彼女も私と同じタイプのはずなのに、と荷造りをしている彼女を見ながら思った。
だって栞は、少し憂鬱そうだったから。ワクワクなんて、してなさそうだったから。

「彼女は、どんな人なんだろう」
台詞やモノローグのさらに奥にある、彼女の性格、美意識、癖、悩み、コンプレックス……そういったものに触れたくなった。そして、彼女とともに「ひとり旅」をしてみたくなった。

この脚本を、私も書きたい。
心からそう思ったのは、栞がどんな人なのか、純粋に知りたくなったからだと思う。

§

ただ、先にも書いたように私は脚本を書いたことがない。
まずはどうしたらいいだろうと考えていると、一緒にこの仕事を頼まれていた編集者に、
「土門さん、この脚本、一度小説にしてみない?」
と言われた。「その後に、小説の内容を脚本に落とし込んでみるのはどうだろう」と。

実は私も、同じことを考えていた。
彼女のことをより深く知るには、彼女のことを書くしかない。そして私が書けるのは、小説という文体だ。彼女を主人公にして、一編の小説を書いてみよう。そうすれば、もっともっと彼女のことがわかるかもしれない。

脚本に書かれた台詞やモノローグ、動作、持ち物、登場人物とのやりとり。それらをヒントに、改めて「栞」という人物を想像していく。

どんな顔で、どんな服装で、どんな部屋に住んでいるんだろう。
何にこだわり、何を好み、何を苦手としているんだろう。
家族構成はどう? パートナーはいる? 友達はどんな人?

一つひとつ、具体的に想像していく。そうしていると少しずつ、「栞」という人が質感を持って立ち上がっていくようだった。

§

栞の部屋の中には、しっかりとした本棚があるだろう。
そこには、読み込まれた文庫本や買ったばかりの単行本がきれいに並んでいる。彼女はその中から、慣れた手つきで一冊を選ぶ。
本を広げ、視線を落とす。紙面に書かれた言葉を、静かになぞる。まるで何かを探すように。
最初に頭に浮かんだのは、そんな栞の横顔だった。

きっと栞は、これまでもそんなふうに自分を支える言葉を探してきた。お守りのような、薬のような、友のような言葉。慣れないひとり旅に出かける荷造りの時には、なおさらそれを求めるだろう。

「小谷栞」
その時、栞の苗字がわかった気がした。こたにしおり。そうだ、小谷栞だ。
左右対称で、まるで本を開いたような形に見える名前。そして、まるで羽のようにも。

想像の羽を広げ続けた彼女が、実際に世界に羽ばたいていく。誰のものでもない、自分の身体で。誰の真似でもない、自分の飛び方で。

これはそんな物語だ。

§

物語の中で、栞が旅先のホテルの窓から外を眺めるシーンがある。
「自分で決めたから、見ることができた景色なのだ」
そう、栞は胸の内でつぶやく。脚本には使わなかった、小説上だけの言葉だ。

私はこの一言を書いた時、栞のことがとても愛おしくなった。
お気に入りのマグカップやパジャマがないと不安で、荷物が多くなってしまう栞。スーツケースを慣れない手つきで引きずる栞。部屋の中で手持ち無沙汰に立ちすくむ栞。
決してスマートとは言えない、栞のひとり旅の始まり。だけどこんなにも、愛おしいひとり旅があるだろうか。

小説を書きながら、プロデューサーの佐藤さんが打ち合わせでこぼした言葉を何度も思い出した。
「成長とか変化って、絶対にしないといけないのかな」

栞は栞のまま、ひとりで旅に出る。これまで大切にしてきた荷物とともに。何も捨てず何も変えず、ただ栞は栞のまま、新しい風景の中に身を置き続ける。

もしも孤独がそういうものなら、孤独って愛おしいものなのかもしれない。
栞を描きながら、そんなことを思った。

§

そのようにしてできあがった小説、そして脚本は、それから何度も推敲が重ねられた。
チームの皆さんとともに話し合いを重ねるたび、「栞」という人間が深まり、その周囲が立体的になっていく。

「なんだか、栞のことが愛おしいですね」
アシスタントプロデューサーの木下さんが、私が思っていたことと同じことを言った。それがとても嬉しくて、栞に早く会いたくなった。

作品のタイトルは、『スーツケース・ジャーニー』。
もうすぐ、ようやく彼女に会うことができる。

 

“ 捨てられないものの重みを感じつつスーツケースとともに旅する ”

 

§

 
『スーツケース・ジャーニー』は、YouTubeの北欧、暮らしの道具店の公式チャンネルで無料公開中です。前後編ともに15分程度のショートストーリーとなっておりますので、ぜひお気軽にご覧ください。

前編はこちらから

後編はこちらから

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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