【57577の宝箱】唐突に空いた君専用の穴 心の窪みを「恋」と呼んでる

文筆家 土門蘭


よく一目惚れをするタイプだ。

恋をするとき、あるいは恋に近しい感情を抱くとき、ほとんどそのスタートの仕方は「一目惚れ」だった。それなので、その人のことをよく知らないまま好きになる。性格とか考え方とか趣味とか仕事とかよく知らないのに、「なんだかよくわからないけど好き」だと感じる。

その後に、その人のことをもっと知りたいと願う。私にとって、「好き」は「知りたい」とほぼ同義なのだろう。そしてその人のことを知るたびに、彼・彼女のことをより好きになっていく。最初に「好き」だと判断しているので、知ることで嫌いになることはほとんどなく、その人の持つあらゆる要素が魅力に思えてくる。それが私の、恋の始まり方だ。

ただ一目惚れをするタイプだからと言って、ルックスを重視しているのかと言うとそうでもない。
「好みのタイプは」と聞かれてもよくわからないし、これまでに好きになってきた人を思い返してみても、実にさまざまな外見だった。見た目や身につけているものはそこまで重要ではなくて、自分が惹かれる部分はもっと他にある気がする。

§

高校生の頃に好きになった人は、他校のバスケ部の青年だった。

私もバスケ部に所属しており、市の大会でよく他校の選手との出会いがあったのだけど、彼とは話したこともなく、名前も知らなかった。それまでにも何度か見かけていたとは思うのだが、気になったりもしていなかった。

あるときの大会で、ぼんやり観客席から試合を眺めていたら、その青年が出ているゲームが接戦になりとても盛り上がっていた。
選手が皆ピリピリしている後半戦、ボールがコートの外に飛び出る。少しでも体力を温存するために選手は誰も取りに行かず、険しい表情で肩で息をしながら、審判が取りに行くのをコート上で待っていた。
そんな中、その青年がパッとコートの外に出て、ボールを取りに行ったのだ。疲れなど微塵も見せない、軽やかな走り方で。帰ってきてボールを渡す時には、審判に笑顔すら見せていた。

私はその瞬間、彼から目が離せなくなった。
「あの4番の人、なんて名前? 誰か選手名簿持ってない?」
急に観客席で身を乗り出した私に、チームメイトたちはびっくりしたと思う。

その試合で、彼のチームは負けた。不貞腐れたり、悔しそうな表情の選手が多い中で、ひとり「ありがとうございました!」と大きな声で挨拶し、キビキビと撤収する姿も実に清々しく、なんて素敵な人なんだろうと思いながら拍手を贈った。

その後私は彼にアプローチし、メールアドレスを交換し、お付き合いすることになる。
趣味も性格も考え方もまったく違っていて、数ヶ月で別れてしまったけれど、素敵な人だった。

§

もうひとり、高校生の時に気になっていた人がいる(私は恋多き女なのだ)。

彼は3年の時のクラスメイトだったのだが、ほとんど話をしたことがなかった。帰宅部で、口数も少なく、授業が終わるとすぐにいなくなってしまうので、Mという名前くらいしか知らない存在だった。

だけどある時、彼がラジオをやっているという情報を噂で知った。同じ中学だった友達と二人で、ラジオ番組を作っているらしい。
「あの寡黙なMくんが?」と私は驚き、どんな話をしているのか是非とも聴きたくなった。それでMくんに思い切って話しかけ、ラジオを聴かせてほしいと頼み込んだ。Mくんは最初あからさまに嫌そうな顔をしていたが、「クラスの誰にも聴かせない」ということを条件に、録音したMDを貸してくれた(今思うと、彼は誰に聴かせるために録っていたんだろう?)。

ドキドキしながらプレイヤーにMDを差し込み、再生ボタンを押す。
すると、とても明るいMくんの声が聴こえてきて、私は本当にずっこけそうになった。クラスでは見たことも聞いたこともない調子で、めちゃくちゃ楽しそうにしゃべりまくっている。

その回は、Mくんがいかにマイケル・ジャクソンをすごいと思っているかを熱烈に語る回だった。相手役の男の子は、Mくんのあまりの熱量に苦笑しながらも、「ふんふん」とおもしろそうに聴いている。
マイケル・ジャクソンなど一度も聴いたことのなかった私は、急いでレンタルCDショップへ行ってアルバムを借りて聴いた。正直なところMくんの言っていることはほとんどよくわからなかったのだが、ちゃんとわかりたいと思った。その時にはすでにMくんのことを好きになっていたのだと思う。

MDを返すときに「マイケル・ジャクソンのCDを借りてみたよ」と話すと、Mくんは初めて私の前で笑った。もっと彼のことを知りたいと思ったが、その時はすでに卒業間近で、Mくんはアメリカの大学へ行ってしまった。

結局思いは伝えず仕舞いだったが、またいつか会ってみたい。

§

振り返ってみると、どうも私はギャップに弱いらしい。
緊張感のある試合の中での清々しい笑顔、寡黙な表情の裏側にある明るく熱い性格。

ギャップは「ずれ」という意味を持つが、私はそのずれに時々思い切りハマってしまう。ぼんやりと歩いているときに、ガクンと穴に落ちてしまう感じ。その瞬間目が覚めて、その人の輪郭が急にはっきりする。

「あの人は誰? どんな人?」
私の中に、その人の場所ができる瞬間。それを私は「恋」と呼んでいるのだろう。

みんなはいつも、どんなふうに恋に落ちているんだろうか。
他の人の「恋をする瞬間」も、ぜひ聞いてみたい。

 

“ 唐突に空いた君専用の穴心の窪みを「恋」と呼んでる ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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