【57577の宝箱】足りてない気分になる日は 黙々とピアスを磨いて光を戻す
文筆家 土門蘭
バタバタと忙しい平日を過ごしたあとの、休みの日の朝。
寝坊して起きたものの、疲れが溜まっていて何をする気にもならず、ぼんやりとスマートフォンを眺めていた。
綺麗目な服とかバッグが欲しいなぁ、と思う。
ここ最近、きちんとしたビジネスの場に参加することがあったのだけど、着ていく服や持っていくバッグがなくて困っていたのだ。
でも、そういうのってどこで買えばいいのだろうと思う。そもそも、私の年齢における綺麗目な服とがバッグって、どういうものなんだろう。最近忙しくて雑誌を読んでいないし、街を出歩いていないからよくわからない。
まずは雑誌を買わないとなー、と思った。それからもうすぐ暑くなるし、夏服だっているよなぁと。そう思うと、自分に足りないものや、買わなくてはいけないものがたくさんある気がして、ちょっとしんどくなった。
とりあえずお茶を飲もう。そう思って、お湯を沸かす。
§
テーブルの隅に目をやると、昨日外したシルバーのピアスがそのまま置かれていた。
片付けようと手に取ると、輪になったシルバーの表面がうっすら黒くなっている。
お湯が沸くまでまだ時間があったので、ピアスを磨くことにした。専用の布を取り、軽く擦る。するとおもしろいほどピカピカになっていき、お湯が沸騰する頃には、1セットのピアスが綺麗に輝いていた。
お茶っ葉に湯を注いで待つ間、さっそくそれをつけて鏡を覗いてみる。まるで新しくなったようなピアスが両耳で揺れ、私は満足して微笑んだ。
他のも磨いてみようかな。そう思い、持っているピアスをバラバラとテーブルに広げる。
最近はずっと、最初に磨いたシルバーのピアスしかつけていなかった。気に入ると同じものを使い続けてしまう習性があるからなのだけど、一回すべて出してみたら、自分がたくさんのピアスを持っていることに気がついた。ずっと放っておいた他のピアスは、どれもうっすらとくすんでいる。私は一個一個手にして、ピカピカになるまで布で擦り続けた。
これは、いつかの誕生日にもらったもの。これは、デパートで一目惚れして買ったもの。これはうっかり片方無くしてしまって、片方だけ買えないかお店に問い合わせて買い直したもの……ひとつひとつ磨きながら、そんなことを思い出す。
手に入れたときには大切にしていたのに、どうしていつの間にか存在すら忘れてしまっていたんだろう。
綺麗になったピアスは、どれも窓から入る朝日を受けて、キラキラと輝いている。
§
最後に手に取ったピアスを磨いているとき、あることに気がついた。
それは小さなオパールのついたピアスだったのだけど、よくよく見ると、オパールの上に、さらに小さなダイヤモンドがついていたのだ。
そのピアスを若い頃に贈り物としてもらったとき、私は「綺麗なオパール」と言ったはずだ。まさかダイヤもついていたなんて、何度もつけていたのに知らぬままだった。贈ってくれた人はもちろん、そのことを知っていただろうに。
私って、見ているようで見ていないな、と思う。
自分には「ない」と思って、すぐに足そうとしてしまうけれど、本当はすでに持っているのかもしれない。自分がそれに気づかなかったり、忘れていたり、大切にできていないだけなのかもしれない。そう思いながら、ピカピカになったピアスたちを、箱の中に丁寧に仕舞い込む。
そして、今日は買い物に行くのはやめよう、と思った。
すでに持っている服やバッグを、もう一度ちゃんと広げてみよう。もしかしたらその中に、忘れていた輝きや、気づかなかった喜びがあるかもしれない。
両耳に、オパールとダイヤのピアスをつけてみる。キラキラと輝くそれを鏡でしっかり確認してから、私はお茶を飲み干した。
“ 足りてない気分になる日は黙々とピアスを磨いて光を戻す ”
1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。
1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。
私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。
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