【眠るまえのショートストーリー】vol.2_エリコさんのお茶会
あわただしい一週間をかけ抜けている皆さまへ。眠るまえの、ちょっとした時間でも読める、童話のようなショートストーリーをお届けします。本を手にとる元気がない日、心に余裕がない日でも、ひととき現実を忘れて、物語の世界へもぐり込んで。今日という日が心地よく幕をとじ、よい眠りにつけますように……
ヒツジ雲
「お茶会にいらっしゃいよ」
と、エリコさんから電話がきました。
木の実がコロコロと転がるような声で、エリコさんが誘います。
「都会は、ずいぶんと暑いのでしょう。こちらは、すずしいですよ」
エリコさんは、山のほうで暮らしています。近くには湖があって、深い森もあって、鳥がたくさん飛んでいます。
電話口の向こうから森の匂いがしてくるようで、思わず「はい」と返事をしていました。
エリコさんが電話口で道案内してくれました。
その道案内が、とても複雑でした。
「いいですか。バスを降りたら、真っ直ぐの道が続いているの。
その道を歩いていくと、右と左に分かれていてね。
その分かれ道で、狸が歩いているのを見たことがあるのよ。
右のほうに行くと、柳の木がそよいでいるの。風が吹くたびに緑がそよいでね。
その柳の下で、幽霊を見たことがあるっていう人がいるんだけど、本当かしら。
その柳の下を通って歩いていくと、湖が見えてくるの。
そこにセリやクレソンが生えているんだけど、育てているのではなく、自然に生えてくるのよ。
誰かが植えたのかしら。
それでね、その、柳があって、湖が見えてくる、その道へ行くのは間違いですよ。
うちに来たかったら、その道を進んでも、到底つかないのだから。
うちに来たければ、まずバスを降りて、まっすぐの道があるでしょう。
そこを歩いていくと、右と左に分かれて……」
ひとしきり説明してくれたあと、
「バスを降りたら交番があるので、そこで聞くといいでしょう」と教えてくれました。
電車とバスを乗り継いで、さらに右の道ではない道を歩いて行って、エリコさんの山小屋へ行きました。
エリコさんはなんだか恥ずかしそうな顔をして「こんにちは」と言いました。
ちょっと人見知りをするのか、エリコさんはいつも、最初に恥ずかしそうな顔をするのです。
しばらくテーブルを囲んで向き合っていましたが、お茶は出てきませんでした。
「お茶会は」
と聞くと、エリコさんが「しますよ。まず、準備がありますからね」と言いました。
エリコさんはおもむろに水筒の蓋をあけ、そこに熱い紅茶をコポコポと注ぎました。
わたがしのような湯気が水筒の口元で踊っています。
きっちりと蓋を閉めると、エリコさんは立ち上がりました。
「さあ、森へ!」
エリコさんのあとをついて外へ出ました。しばらく歩いていくと、森の入り口がありました。狐がつくったようなたよりない道が細々と続いていました。エリコさんはそこを慣れた様子で進んでいきます。
どこかでせせらぎの音が聞こえています。
「ここでいいでしょう」
エリコさんはそう言うと、古い倒木に腰を下ろしました。
「ここは、うんと昔からある原生林なんですよ。木も草も花も、面白いでしょう」
ポツンと水が降ってきて見上げると、梢から露を散らしながら小鳥が飛び立っていきました。
「夜露に濡れたもみの木を、見たことはある? 月の光に照らされて、きらきらと光るのよ。
私、クリスマスツリーを考えた人は、あの景色を見たんじゃないかと思うの」
そう言いながら、エリコさんは紅茶の入ったカップを渡してくれました。
カップを受け取った手のひらがじんわりとあたたかくなります。
そのままわたしたちは、森の中に長いこと座っていました。
その間にとても良い鳴き声の鳥が飛んできて、頭上で歌をきかせてくれて、
木漏れ日が足元に広がり、またサッと消えていき、
わたしはあたたかい紅茶を2回おかわりしました。
たくさんのおしゃべりをしなくても、お茶菓子がなくても、十分でした。
森はなにもないようでいて、にぎやかで、いきものの気配に満ちていたからです。
朽ちた木から何かの種が芽吹いていたり、見たことのない花が咲いていたり。
鳥のさえずる声が、近く遠くで聞こえます。そこここに水が湧いています。
「森のお茶会、いいものでしょう」
帰りがけにエリコさんがそう言いました。木の実がひとつふたつと転がっていくような声で。
わたしがリスだったらその実を拾い集めるのに、と思いながら、「本当に!」と答えました。
文/ヒツジ雲
おやすみ前の皆さまに、いい夢をお届けできるようなショートストーリーをつくっているユニット
イラスト/杉本さなえ
鳥取出身。2018年から福岡を拠点に活動。少女や花、動物などをモチーフにした物語性のあるイラストレーションを制作。近年は墨汁の黒と朱の2色のみで描く作品に力を入れている。イラストレーターとしても活動中。2018年に作品集「Close Your Ears」発行。
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