【眠るまえのショートストーリー 】vol.11_五月のしゃぼんだま
ヒツジ雲
五月になりました。
風は少しずつ湿り気を帯びてきて、夏が近づいたことを教えてくれます。
街に引っ越してきたばかりのサキちゃんは、ママと一緒に庭に出ました。
サキちゃんのポケットに入っているのは、せっけん水の入った小瓶。
「さあ、しゃぼんだま、とばそうね」
ママに言われたサキちゃんが、ストローを差し込んでプーッと息を吹き込むと、小瓶からこまかい泡がぶくぶくとあふれてきました。
「ちがうの、ちがうの。ほら、こうするのよ」
ママがストローをくわえてそっと息を吹き込むと、
「やってみる」
ちいさなサキちゃんはまねをして、そうっと空気を吹き込みました。
せっけん水のしずくが、ストローの先でプクッとふくらみ、しゃぼんだまの赤ちゃんが生まれました。
「そうそう、そのちょうし」
しゃぼんだまの赤ちゃんは、静かに静かに大きくなっていきます。
やがてしゃぼんだまは、虹色の景色を次々と写し込みながら、ストローからそっとはなれました。
すぐに、そよ風が集まってきてしゃぼんだまを囲み、しゃぼんだまはふわりと空に上がりました。
「どこにいくのー」
サキちゃんが空に向かって叫びます。
しゃぼんだまはこたえず、ふわりふわりと風に乗って飛んでいきました。
「サキちゃん。しゃぼんだまについていってみようか」
とママは言い、返事の代わりにサキちゃんはもみじのような右手で、ママの手をきゅっとにぎりました。
ふたりは手をつないで、通りを歩いて行きました。
しゃぼんだまはふたりの頭の上を飛んでいきます。
昼寝をしていた猫がのびをして、ついていきます。
散歩中の犬も、飼い主をひっぱりながらついてきました。
幼稚園帰りの子どもたちも、歓声をあげながらついてきました。
「おおきなしゃぼんだまだね」
「まだまだ、消えないね」
「どこまで飛んでいくんだろう」
「おーい。おーい!」
リハビリ中のおばあさんも、スーパーのおじさんも、おつとめに向かっていたおねえさんも、サキちゃんもママも、五月の風にふかれながら、しゃぼんだまのあとを歩いていきます。
しゃぼんだまは商店街を通り、路地を抜けて、小さな公園に入りこむと、ふっときえました。
おばあさんもおじさんも
おねえさんもこどもたちも
サキちゃんもママも思わず
「あー」
と残念そうな声をあげ、それからたがいに顔を見合わせると、はずかしそうに笑いました。
犬も猫も不思議そうな顔をしています。
おばあさんが
「おじょうちゃん、もういちど、しゃぼんだまをふいてみせてよ」
と、サキちゃんに頼みました。
「うん、うん。しゃぼんだま、みたいなあ」
周りもニコニコしながら口々にいいました。
サキちゃんは「いいよ」というと、赤いほっぺをふくらませ、空に向かってしゃぼんだまをふきはじめました。
文/ヒツジ雲
おやすみ前の皆さまに、いい夢をお届けできるようなショートストーリーをつくっているユニット
イラスト/杉本さなえ
鳥取出身。2018年から福岡を拠点に活動。少女や花、動物などをモチーフにした物語性のあるイラストレーションを制作。近年は墨汁の黒と朱の2色のみで描く作品に力を入れている。イラストレーターとしても活動中。2018年に作品集「Close Your Ears」2022年に作品集「AGEHA」発行。
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