【眠るまえのショートストーリー】最終話_亜麻色からはじめる夜
あわただしい一週間をかけ抜けている皆さまへ。眠るまえの、ちょっとした時間でも読める、童話のようなショートストーリーをお届けします。本を手にとる元気がない日、心に余裕がない日でも、ひととき現実を忘れて、物語の世界へもぐり込んで。今日という日が心地よく幕をとじ、よい眠りにつけますように……
ヒツジ雲
だれだって時には、なかなか眠れない夜があります。
ホシさんにとって、今がまさにそんな夜でした。
「まったく、どうしたんだろう」
30回目の寝返りをうちながら、ホシさんはため息をつきました。
眠ろうとすればするほど目はさえて、頭の中にはさまざまな考えがめぐりはじめます。
暗闇で考えたことのほとんどは、自分を明るく照らしてくれません。
それをわかっているからこそ、考えるのをやめて眠りたいのに、なぜか一向に眠れそうにないのです。
ホシさんは、こどもの頃のことを思い出しました。
柱時計が9つ鳴ると、おとなたちはこういいます。
「さあ、こどもはベッドの時間です」
こどもだったホシさんは、きょうだいとともにすごすごとふとんにもぐります。
まだ9時! 当然、眠ることなんてできません。
ようやくシーンとしたと思うと、誰かが動物の鳴きまねをしたりして、とてもじゃないけれど眠る気分にはなりません。
そのうち誰ともなく「あたまとりあそびをしよう」といいます。
あたまに「あ」のつくことば、「い」のつくことば、といった感じで、順番にひとつずつ、ことばを探していくのです。
最初は「あさがお」「いぎりす」「うさぎ」「えのぐ」と、勢いよく続いていくけれど、だんだんとあくびが混じりはじめます。
沈黙が増え、間隔があきはじめて…
「結局、『ん』までたどりついたことはあったっけ」
ホシさんは懐かしくなって微笑みました。そして、暗い天井を見つめながらこう思ったのです。
「どうせ眠れないなら、あのときのつづきをしてみようかな。せっかくだから、とびきりすてきなことばだけを集めながら」
まずは、「あ」。
「一番好きな『あ』はなんだろうな…。朝もや。雨だれ。あまがえる。天の川。あじさいの押し花も素敵なのよね」
ミルクを溶かしたようなもやに包まれた、旅先の朝。
雨音に耳を澄ませた、静かな日のこと。
「『あ』は、亜麻色にしよう」
こどもの頃にいとこのおねえさんが着ていたワンピースを思い浮かべて、ホシさんはつぶやきました。
ホシさんはつぎつぎとことばを思い浮かべました。
亜麻色のワンピース。
いそしぎ。
馬のしっぽ。
エラ・フィッツジェラルド。
おみおつけの湯気。
どのことばにも、ささやかな思い出が、静かにあとをついてきます。
「思い出すことがあるって、なんて幸せなんだろう」とホシさんは思いました。
からまつばやしの風の音。
北風と太陽。
くるみボタン。
毛糸玉。
小鳥のくる森。
「さくらんぼのパフェ」まできたところで、ホシさんはあくびをしました。
「まどろむひるさがり」では、ふたつめのあくびが出ました。
うっすらとにじんだ涙が、まぶたをほんの少しだけ重たくします。
「み……。水無月のお菓子。ミツバツツジもきれいだったな。みどりのライオンとは、どこで会ったのだったっけ……」
ブランケットを引き上げながら、ホシさんは夢の世界へと入っていきました。
文/ヒツジ雲
おやすみ前の皆さまに、いい夢をお届けできるようなショートストーリーをつくっているユニット
イラスト/杉本さなえ
鳥取出身。2018年から福岡を拠点に活動。少女や花、動物などをモチーフにした物語性のあるイラストレーションを制作。近年は墨汁の黒と朱の2色のみで描く作品に力を入れている。イラストレーターとしても活動中。2018年に作品集「Close Your Ears」2022年に作品集「AGEHA」発行。
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