【連載|朝、いろいろ】第十回:日記買ふ
石田 千
酉の市がすむと、日記と暦を用意する。
毎年、おんなじものを買う。日記は、2ページを7日にわけてある。暦はむかしながらの日めくりで、柱の幅にぴったりのもの。
日記といっても、メモ書きていど。お天気、朝晩の体温、血圧、起床と就寝の時間、朝と晩にひらく。朝は、きょうの手順を書く。晩は、やりのこしたことがあれば書いておく。だれかに会えた、外出をした。がんばった、つかれた、たのしかった。ひとこと書いて、おやすみなさい。
下町に住んでいたころは、毎年かならず浅草の鷲神社の酉の市に出かけて、熊手を買っていた。社務所がお授けくださる熊手なので、だんだんおおきくすることもない。
けれど、いちどお参りすると、毎年、熊手をとりかえないと気がかりになり、友だちと誘いあってお参りしていた。その町をはなれるとき、熊手にお札をむすんでおさめ、いらい出かけていない。
おおきな熊手をおさめて、さらに巨大な熊手をかついで、意気揚々とお帰りになる。羽振りのいいかたがたのうしろを歩き、現状維持ならいいよね。そういって、ありがたい熊手を買いものかごにいれ、好物の切山椒を買う。つらなる露店をひやかしながら、お昼はどこで食べようか。浅草の名店老舗をあれこれ浮かべていた。
酉の市に通って、鷲神社のまわりを散歩するうちに、すぐ近くに樋口一葉が住んでいたこと、この界隈が、たけくらべの舞台と知った。
たけくらべに出会ったのは、中学生のころだった。夢中で読んでいたガラスの仮面のなか。主人公が演劇作品となったたけくらべの、主役を演じていた。いらいなんども、原作を手にとり、慣れない文語体に挫折していた。
おとなになって、酉の市のご縁で、その舞台となった町を歩き、樋口一葉記念館をたずね、作家がここに生きていたことの実感を得ることができた。そうして、再読を、こころみたのだった。
国語の授業を思い出し、声に出して読む。文章のリズムのよさがわかって、場面が浮かべられるようになった。
物語の冒頭は、長屋に暮らすひとたちが、熊手の飾りを内職していて、色をつけた飾りを、家のまえに干している。
熊手を買うひとは、たいそう景気がいいけれど、その熊手を作っているひとのくらしは、いっこうによくならないとぼやく。作者じしんの暮らしも、まったくおなじだった。
筆で身を立てる志はあれど、現実はきびしい。この町では、子どもたち相手に駄菓子やさんを営んでいた。日々のなか、つましくも、よろこびにも、悲しみにも、全力で生きていくひとたちに出会う。そのありようを、よくよく見て知って、書く。世に伝えること、この暮らしは、じぶんにしか書けない、たいせつな場所。その意志が、生活の苦しみを支えた。
樋口一葉は、24歳で亡くなった。
みじかい生涯にのこした日記は、書籍として、読むことができる。
熱心に図書館に通い、真摯に作品にとりくむけれど、もうかる算段もない商いをはじめたりする。若く、賢く、一生懸命、そうして、あぶなっかしい綱渡りの日々。
お金にこまらないときはなく、質に日参し、家族を支えた。一葉が亡くなったときには、質店のあるじが、焼香に訪れたという。
柱の日めくりもすっかりやせて、日記のしろいページも、もうわずか。時がながれ、樋口一葉は、いまやお札のひと。さぞかし、おどろかれていることと思う。
東京の空は、けさも、おくのおくまで、ずうっと、あおい。
やせた暦のあとには、ふっくらまっさらな来年が待っている。
日記買ふ筆をもつこと生きること 金町
作家・石田千。1968年福島県生まれ、東京育ち。2001年「大踏切書店のこと」により第一回古本小説大賞受賞。16年、『家へ』(講談社)にて第三回鉄犬ヘテロトピア文学賞受賞。『窓辺のこと』(港の人)、『バスを待って』(小学館)、『箸もてば』(筑摩書房)など著書多数。
写真家・齋藤圭吾。1971年東京都生まれ。雑誌や書籍、広告、CDジャケットなど様々なメディアで活動。主な仕事に『針と溝 stylus & groove』(本の雑誌社)、『melt saito keigo』(TACHIBANA FUMIO PRO.)、『記憶のスパイス』(アノニマスタジオ)、『高山なおみの料理』(角川書店)、『自炊。何にしようか』(朝日新聞出版)、『ボタニカ問答帖』(京阪神エルマガジン)などがある。
Instagram:@keigo.saito
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