【連載エッセー『たゆたゆ – くまがや日記』】第三回:あんしん屋
山本 ふみこ
東京での仕事の帰り道、熊谷駅から歩いて帰ることにしました。
歩くのが好きなのです。なにかというと、すぐ歩きます。家人たちとも、友人とも、歩きながら話します。わたしのまわりには歩くひとが、いっぱい。
歩くと、気持ちが整理されます。あ、どんなときも、「とぼとぼ」はだめです。まとまる話もまとまらない感じになってゆきますからね。そうですね、「すたすた」と「てくてく」の中間くらいが、いいのではないでしょうか。
歩きはじめは16時でしたが、熊谷駅から家までの道のりは1時間。だんだん暮れてきました。駅のあたりはにぎやかですが、家に近づくにつれ田んぼや畑がひろがって、行き交うのは部活帰りの自転車中学生数人と、空でわたしを見下ろすオリオン座のみ。
ところがところが、そこにひとりの男の子があらわれたのです。
「あら、どうした?」
男の子は鼻血を出しています。
鼻血を出したら、どうするのがいいのでしたっけ。
わたしの子ども時分、鼻血が出たら「上を向く」とおしえられたものでしたが、いつの頃からか、「下を向いて鼻の上部を指でつまむ」に変わっていました。
「おうちまで、送って行きます。おうちはどこかな?」
「すぐそこ」
ならんで歩くなか、自分の鼻をつまむ男の子は、小学2年生で、お姉さんと喧嘩をして家から走って出たら鼻血が出たのだと話してくれました。
「家を出て頭を冷やしたかったんだね。落ち着いてるね、君は」
「ぼくさ、道路に血を落としちゃった。水で流したらいいかな」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。明日かあさって雨が降って、すっかり洗い流してくれるからね」
男の子は、わたしの家にほど近いきれいな家に住んでいました。玄関前まで送り、バイバイ、と手を振って別れました。
「安心を求めているんだなあ」
わたしはふと、そうつぶやいていました。
「……さっきの男の子も、わたしも。この世にあるみんなみんな」
「あなた、あんしん屋におなりよ」
そう云ったのは、空のオリオン座だったのか。
……ひとに安心を手渡すあんしん屋。……なりたいな。
文/山本ふみこ
1958年北海道小樽市生まれ。随筆家。ふみ虫舎エッセイ講座主宰。東京で半世紀暮らし、2021年5月、埼玉県熊谷市に移住。暮らしにまつわるあらゆることを多方面から「おもしろがり」、独自の視点で日常を照らし出す。最新刊『あさってより先は、見ない。』(清流出版)、ほか著書多数。
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写真/丸尾和穂
岡山県生まれ。シグマラボ、代官山スタジオ勤務を経て2010年独立。インスタグラムは @kazuho_maruo
https://067.jp
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