【5秒日記】第7回:家というのは意味もなく独特な遊びが発生し盛り上がる場だ
「日記は1日のことをまるまる書こうとせずに5秒のことを200字かけて書くと書きやすい。私は貧乏性だから、家のちょっとした瞬間を残して覚えてわかっておきたいと思うのです」 エッセイストの古賀及子さんと、高校生の息子、中学生の娘の3人の暮らしの様子や、自身の心の機微を書きとめる日記エッセイ。月一更新でお届けします
古賀及子
2/2(金)
さみしくて納得がいかない。
朝、目が覚めてすぐは常々気持ちが普通でない。たまにどういうわけかちょっとさみしい。
このさみしさは人と会えないことに由来するような手ざわりで、けれど誰に会えないからという明確な根拠はなく漠然としている。家には同居の家族がおり、人との接触はあるのだから腹がたつ。
そうして不満にむすっとして起きて家事にかかって体が動きだすと、ふっとさみしくもなくなるんだから起き抜けはこわい。
2/3(土)
節分だ節分だと、はりきってスーパーで山積みのところから炒り豆を一袋買ってきた。
恵方巻も食べて食後に豆をまこうと子どもたちを誘ったのだけど、面倒がって「いいよ、食べるだけで」と言う。去年までは形だけでもまく真似くらいはしていたのだけど、子どもたちももう中高生になり、そうか、もはやここまでか。
とはいえ、ふたりとも歳の数だけ豆を食べることについてはどういうことか積極的で、袋からそれぞれ数えながら取り出した。息子は16個、娘は13個。
いっぽう、私は45個食べねばならない。子らに「あまりにも多すぎる」とおびえられるが、45個、まじめに数えて手のひらにのせると案外少なかった。むしゃむしゃすぐに食べきって、おかわりした。
2/5(月)
いま暮らしている家は、前住人がこだわりを持ってあれこれしつらえたと引っ越してくる際に聞いた。
ベランダに続く窓の障子が猫間障子なのは私の気に入りでもある。下半分の障子が上下にスライドできるようになっていて、上げるとガラスの面があらわれる。雪見障子のように向こうが見える。
と、いうと、大変な絶景が見えるようだけど、実際見えるのはベランダの柵というのが抜けていていいなと思っている。
朝から気温は上がらず寒いままの午後、予報通り雪が降りだした。せっかくだから、障子をあげてむりやり覗き込むように積もりゆく雪を見た。
テレビのニュースで、東京の八王子にかなり降っていると映像が流れた。SNSでは雪のなか仕事から帰る友人たちがそれぞれに道や建物に降りかかる雪の写真をあげている。
なんだか陣中のきもちになって夜はカレー。久しぶりに家で普通のカレーを作った。家のカレー、ちゃんとおいしいねえと子らと言い合い食べていると、ガリガリガリ! と外が鳴って、雷だ。全員の食べるスピードが、気持ち上がった。雪もいよいよ降った。
2/6(火)
この家にはNintendo Switchがあって、Nintendo Switch Onlineというサブスクサービスに入っている。できることはあれこれあるようなのだけど、私たちはファミコンやスーパーファミコンの古いタイトルで遊べるという理由で加入した。
息子はこのところあらためて「スーパーマリオブラザーズ」をやっているらしい。そうして息子を悩ませているのが、「どこでもセーブ」機能だ。どんなシーンでも、ボタンひとつでセーブポイントを作ることができてしまう。
「スーパーマリオブラザーズ」にはもともとセーブの概念がない。Switchでなら、どうしてもここで操作しそこなう! という箇所でセーブすることで、何度でもチャレンジできる。
「そんなことを、していいのか……否!」というのが息子の考えだ。正々堂々ファミコン時代同様にプレイしたかったようなのだけど、いつまでたってもクリアできず、悩んだ末に妥協して、面の最初でのみセーブしていいことにたらしい。そうして今日「ようやくクリアできた……」とのこと。
息子はこうした、発動しなくていい、でも気持ちは分かる倫理観をいつも大切にしている。
2/9(金)
夕食後、どういうことの流れだったか、ぬいぐるみを高速で左右に移動させ、その残像をスマホのカメラで撮影する遊びが急激に私と娘のあいだで流行した。
家というのは意味もなく独特な遊びが発生し盛り上がる場だ。
残像が映りやすくなるようにカメラを設定する知識もなく、ただ全長40cmの大きなアライグマのぬいぐるみを、私が振り、それを娘が撮影した。
ブレて映るぬいぐるみのさまをふたりで大いに笑ったが、ブレの角度からちょうどアライグマが驚いたような表情に映った1枚があり、私も娘もはっとなってしゅんとしてやめた。
2/12(月)
昼休みに餅を焼いて食べ、さて午後の作業にとりかかろうと、スリープさせていたパソコンを起動してすぐ、右下の時計の表示がおかしいのに気づいた。4時23分。
時計は24時間表示にしてあるから、4時というと夕方ではなく朝の4時ということになる。いまお昼を食べたばかりなのに。
すぐに設定画面を開いて自動設定をやりなおし、正しい13時台の時刻に戻ったが、ぞっとしてここがどこだか分からなくなり辺りを見回すような違和感だった。
日ごろ意識しないが、私は毎日何度もこのパソコンの小さな時刻表示に視線を送って寄りどころにしているのだろう。
落ち着いてから調べた。東京が13時のころ、朝の4時なのはアフリカの西、セネガルのあたりらしい。
2/14(水)
バレンタインデーに仲のいい子たちに配るのだと、週末に娘は友達の家でお菓子をあれこれ作ってきれいにラッピングして持って帰ってきた。
朝学校に行く前に私にもブラウニーをくれて、わあわあと喜んでいると、渡しながら娘が「これ、すっごいぬったぬったするよ。食べると上あごにつくから気をつけて」と言う。
バレンタインデーの浮かれた気分にそぐわない、ぬったぬったという野暮ったさと上あごにつくままならなさに「えっ」と戸惑う間にひらりと娘は学校へ行ってしまい、昼休みにひとり、どれと食べてみた。
チョコレートコーティングされた軽めのブラウニーで、これがぬったぬた? と口に入れながら疑ったが、生地が口内で水分を含んだとたんにテクスチャがずんと重くなり、ぬっとして本当に上あごにひっついた。
2/21(水)
昨年のクリスマス、娘からのリクエストでぬいぐるみのペンケースをプレゼントした。
おなかをジッパーでかっぴらいてそこにペンを入れる、仕様としてはなかなか凄惨な品なのだけど、クラスで大流行していてたくさんのクラスメイトがさまざまなぬいぐるみを連れて通学しているのだそう。
娘は自宅で勉強するときも机の上に置いて、私にもなでさせてくれる。
「買ったばかりの頃より、ちょっと毛がこわこわしてきたかな。でも友達はみんな、新品よりもこれくらいのほうが愛されてる感じでいいって言う」とのこと。
ぬいぐるみペンケースを使いし者たちの間で、ただかわいいから持っているだけじゃない、風情も共有しているのが頼もしい。
2/23(金・祝)
友人に紹介してもらい、今年に入ってから新しい美容室に通うようになった。
最寄り駅は地下鉄とJRの乗り入れる大きな駅で、地下から地上へ上がる出口がたくさんある。来るたびに毎回乱暴にいちかばちかで出口を適当に選んでは、あたりを見回して地図と景色を確認しながらお店までたどりついていたのだけど、徐々に店に近い出口が分かるようになってきた。
そうして今日いよいよ、どの車両に乗って、ホームのどのあたりで降り、どの改札から出て、どの出口を使うと最短でたどりつけるかきちんと理解した。
あらかじめ調べず、徐々に手探りで適切なルートを見つけ使う、この考え方は学生の頃先輩が「獣道を作る」と表現していた。都会における野生の息づきだ。
2/26(月)
打ち合わせへ。駅に向かう途中、普段は通らない商店街をわざわざ通った。自転車店を外からにらむように見る。
3月までにヘルメットを買うと助成金が出ると息子が学校で聞いてきて、ぜひ買おうということになった。本当はもう少し早く家を出て種類や値段を確認するはずが、時間がぎりぎりになってしまいせめて通り過ぎながらどの程度のラインナップがあるのかだけでもつかんでおこうという狙い。
店頭は自転車がみっちり並び、ヘルメットは奥の壁にかけるように陳列されている。
足早に通り過ぎながら(意味がない!)と、はっとした。わざわざ遠くから見ても意味が、ない! 今じゃなく、帰りに寄って、ゆっくり品定めすればいいだけの話!
遠くのヘルメットはいろんな色があった。
2/27(火)
さむいさむいと言いながら、素足で毛布の起毛を感じたくて靴下は脱いだ。足先から体を布団に差し込むようにすべりこんで横になる。
目を閉じた瞬間、その、ぱたんとまぶたが閉じるさまが、開いた紙を二つに折りたたむように感じられた。
広げた大きな折り紙を今日たたんで、明日もたたんで、するとどんどんちいさくなって、いつか点になって、点すら見えなくなって消滅するまでが一生ではないかとひらめく。
文/古賀 及子(こが ちかこ)
1979年東京生まれ、神奈川、埼玉育ち、東京在住。ライター、エッセイスト。 どうってことない日々を書くのが好き。著書に日記エッセイ『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』(素粒社)。2024年2月に日記エッセイの続編『おくれ毛で風を切れ』(素粒社)、エッセイ『気づいたこと気づかないままのこと』(シカク出版)を刊行。
note:https://note.com/eatmorecakes X(twitter) :@eatmorecakes
イラスト/芦野 公平(あしの こうへい)
イラストレーター、TIS会員。書籍、雑誌、広告等の分野で活動中。イラストを提供した仕事に、Honda N-ONEカタログ、坂角総本舗130周年カタログ、新国立劇場「シリーズ 声」ビジュアル、田島木綿子『海獣学者、クジラを解剖する。』(山と溪谷社)、瀬尾まいこ『傑作はまだ』(文藝春秋)など。
X(twitter) : @ashiko
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