【連載エッセー『たゆたゆ – くまがや日記』】第十二回:わたしへ
山本 ふみこ
洗面所で、見慣れない小瓶をみつけました。
これ、何?
いつ、どんなふうに手に入れたのか、思いだせません。
瓶の裏面には商品名が書いてありますが、フランス語です。プッシュ式のポンプディスペンサーの形態。いったいどこにつけるものでしょう……。顔? 爪? 髪?
フランスに住んでいる友だちに聞いて、「頭皮用トリートメントローション」であることを突きとめました。
そこへ通りがかった夫が、云うではありませんか。
「それ、あなたがこのあいだ、ぼくに買ってきてくれたじゃない」
「え」
笑っちゃおうかなあと思ったけれど、笑うかわりに思いだすことがありました。
「つぎは、大きいのを買うこと」
「◯◯年◯月 駅前の薬局にて」
「洗濯機で洗ってはだめ! 手洗いで」
軟膏、薬、文房具、本、乾物類にちょっと何か書きつけておくのが、母でした。シールに書いて貼りつけてあったり、いまでもいくつか残っていて、見るたび、どんなときにもていねいに書いた母の文字がなつかしくなります。
そう云えば、高校生のとき母の書棚から借りた『点と線』(松本清張)の見返しに「昭和三十三年十一月二十三日 小樽市□□書店」と書いてあったのですよ。その3日後に、わたしが生まれました。出産を控えた母が「松本清張」を読んでいたことが記憶に残って、長女を産もうというとき、わたしは「横溝正史」を読んだのでした。
『犬神家の一族』『八つ墓村』『獄門島』『三つ首塔』……と、つぎつぎに。恐ろしい推理小説を読むことで、出産への恐怖が薄らいだことが思いだされます。
母の書きつけ、真似しよう。
生活の大事を忘れないために、ということもあるけれど、なんだか未来の自分への短いてがみみたいで、わくわくします。
冬もののセットアップ(黒/パンツタイプ)をクローゼットの奥にしまうとき、早速真似しました。
「襟ぐりの大きい下着をつけること。キャメルのマフラーが合いますよ」
文/山本ふみこ
1958年北海道小樽市生まれ。随筆家。ふみ虫舎エッセイ講座主宰。東京で半世紀暮らし、2021年5月、埼玉県熊谷市に移住。暮らしにまつわるあらゆることを多方面から「おもしろがり」、独自の視点で日常を照らし出す。最新刊『あさってより先は、見ない。』(清流出版)、ほか著書多数。
http://fumimushi.cocolog-nifty.com/
https://www.fumimushi.com/うんたったラジオ/
写真/丸尾和穂
岡山県生まれ。シグマラボ、代官山スタジオ勤務を経て2010年独立。インスタグラムは @kazuho_maruo
https://067.jp
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