【連載エッセー『たゆたゆ – くまがや日記』】第二十一回:見知らぬひと
山本 ふみこ
30歳代のはじめのころ、わたしは悩み多き日日を、過ごしていました。
迷いこんだ薄暗いトンネルにひとり佇み、目を凝らしても出口が見えないのです。
原因を自らが招いたこと、それが今生、与えられた課題でもあることは、自覚していましたが、どっぷり悩みのなかに浸り、身動きができません。
そんなある日、電車に乗りました。
実際にはトンネル内にいるわけでなく、仕事も、子どもとの暮らしもありましたからね。電車に乗って出かけることもあったのです。
電車は少しばかり混んでいました。とつぜん車体がぐらりと揺れて、わたしの隣りにいた女(ひと)が、うしろに倒れそうになっているではありませんか。
そのひとは目が不自由であるらしく、吊り革を探しあてられないでいます。
はっとして咄嗟に手をのばし、そのひとを抱きとめました。
「どうもありがとうございました。命拾いしました」
そう、そのひとは云ったのです。
きっとそれまでも、命拾いを重ねながら生きてきたのかもしれないな、と思いました。
つぎの瞬間、自分がトンネルを抜けていることを知りました。
電車のなかで袖振りあったひとに手を貸したことが、きっかけです。
自分の悩みだけでいっぱいになっていたことに、咄嗟にのばしたわたしの腕が、気づいたのかもしれません。
ごく身近なひとたち、友人知人だけではない、見知らぬひと=strangerに気持ちを向けることが、わが身を助けることになるなんて。その日まで、思いもしなかった……。
その日わたしに人生の目標ができました。
ひとに親切にすること。
幼稚な標語ですね、と云うなかれ。
見知らぬひとへの接し方は、生き方の「鍵」を握っているようですよ。挨拶。笑顔。他所(よそ)でのふるまい。ここに口に出して相手を褒める、を加えたら、無敵だと、わたしは信じています。敵が無いというのはつよいです。
文/山本ふみこ
1958年北海道小樽市生まれ。随筆家。ふみ虫舎エッセイ講座主宰。東京で半世紀暮らし、2021年5月、埼玉県熊谷市に移住。暮らしにまつわるあらゆることを多方面から「おもしろがり」、独自の視点で日常を照らし出す。著書多数。最新刊『むべなるかな』(ふみ虫舎)のお求めは、山本ふみこ公式HPへ。
http://fumimushi.cocolog-nifty.com/
https://www.fumimushi.com/うんたったラジオ/
写真/丸尾和穂
岡山県生まれ。シグマラボ、代官山スタジオ勤務を経て2010年独立。インスタグラムは @kazuho_maruo
https://067.jp
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