いつものように出窓に腰掛け、足をぶらぶらさせながら、マキちゃんは「引っ越したくないなあ」とひとりごとをいいました。

お父さんの仕事の都合で、マキちゃんはあちこちの土地で暮らしてきましたが、いま住んでいる場所は、いままでで一番好きだったのです。

学校の友だちは楽しいし、近所の人たちも親切です。

それに、この家です。

建てられてから60年ぐらい経っているという一軒家で、物語に出てきそうなちょっと古めかしいつくりになっています。

縁側はよく日があたり、寝転ぶととっても空が見えてとても気持ちがいい。

応接間の窓には小鳥が向かい合った模様のステンドグラスがはめこまれていて、晴れた日に手をかざすと、手のひらがとりどりの色に染まります。

床は、三角形や台形の木片を組み合わせた寄せ木模様になっています。

しかもそのなかの一個がどういうわけか外れるようになっていて、その下にはちいさな宝物や手紙を隠すのにちょうどいいくぼみがあるのです。

当然ながら玄関があって、大人たちはそこから出入りしています。

けれどもマキちゃんのおすすめは、出窓です。

洋間の出窓によじ登り、両開きの窓をあけたら、そこからジャンプ。藤棚につかまれたら大成功、ストンと地面に降りるのです。

もちろん、大人たちにはないしょです。

家の周りにも、楽しい場所がたくさんあります。

なかでも好きなのは、「秘密の庭園」。

図書館の脇を通り、レンガ塀の洋館や、大きなお屋敷の梅の木を見上げたりしながら歩いていくと、くねくねとした細い道があります。

そのつきあたりにあるちいさな庭園には、誰でも入れるようになっています。

ちいさな池を囲むようにして木々が生え、草花が育ち、風がそよいでいます。

池の前には、座り心地のよいベンチがひとつ。ここに座っていれば、きっと誰かがやってきます。遊ぶことには事欠きません。

マキちゃんはここで、何人もの友だちができました。

学校の友だちは全員同い年ですが、ここの友だちは、おばあちゃんと同じくらい年上の人、赤ちゃんの友だちもいる。犬やトカゲとも仲良くなりました。

マキちゃんはここで、生まれてはじめてウグイスが鳴くのを見ました。

夏の木陰が涼しいことを知りました。

雪が降った朝には、大人も子どもも混じって大きな雪だるまをこしらえました。

「あーあ、引っ越したくないなあ」

マキちゃんはもう一度つぶやきました。

それでもいつかは、ここを出ていくのでしょう。

マキちゃんは、自分が引っ越したあとの、この家のことを想像してみました。

どんな家族が越してくるのでしょう。

マキちゃんと同じくらいの年の子もいるでしょうか。

古めかしい家に戸惑ったり、知り合いがいなくてさみしい思いをしたりしないでしょうか。

「その子に、手紙をかいておいたらどうかな」

あの場所へ行けば、だいじょうぶ。とっておきの道順を教えてあげよう。

マキちゃんは出窓からぴょんと飛び降りると、テーブルの上のノートから紙を1枚きりとって、鉛筆を握り、手紙を書き始めました。

（つづく）

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文／ヒツジ雲
おやすみ前の皆さまに、いい夢をお届けできるようなショートストーリーをつくっているユニット

イラスト／杉本さなえ
鳥取出身。2018年から福岡を拠点に活動。少女や花、動物などをモチーフにした物語性のあるイラストレーションを制作。近年は墨汁の黒と朱の2色のみで描く作品に力を入れている。イラストレーターとしても活動中。2018年に作品集「Close Your Ears」2022年に作品集「AGEHA」発行。