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【かぞくの食卓 -table talk-】第2話:母と子は、いい相棒になる。馬田草織さんの納豆みそキムチ鍋

【かぞくの食卓 -table talk-】第2話:母と子は、いい相棒になる。馬田草織さんの納豆みそキムチ鍋

ライター 徳 瑠里香

子どものちょっとした言動が気になって、余計な口を出し、言い合ってしまうことがあります。ホルモンの波が押し寄せる日は特に、大人気ない態度をとってしまうことも。

年齢を重ねるに伴い、母と子の関係はどうなっていくのだろう。そんな不安が過るとき、少し先を行く先輩の体験談やかけてくれた言葉が支えになることがあります。

誰と、何を食べて、どう生きるのか。ある日の食卓から、家族のものがたりを辿っていく連載「かぞくの食卓-tabel talk-」。家族の日常のレシピも教わります。

第2話は、東京の下町で高校生の娘さんとふたりで暮らす、ポルトガル料理研究家・馬田草織さんの食卓を訪ねました。


母も子もリラックスできる。夕飯づくりの工夫

夕方6時を過ぎ、仕事を終えた馬田さんは台所で、プシューっとビールの缶を開けます。ワインの日もあるけれど、台所での晩酌は欠かさないそう。

馬田さん:
「夕飯は、今日もおつかれ!とがんばった私を労う時間。親も子もリラックスできるのがいちばん」

そのスタンスで、台所から生まれる馬田さんの料理は、家にある材料で気軽においしくつくれるものばかり。

魚介や肉、野菜の出汁が沁みる“呑めるごはん”をはじめ、たった一品で、つまみたい親とお腹を空かせた子の欲を満たしてくれるものも。

馬田さん:
「電池が切れかかった夕方に、何品もつくれないですよ。できる範囲で、疲れた日は焼きそばドーンでいいじゃないですか。子どもは案外喜びますし。冬は鍋が多いです。簡単だし、温まるし、片づけも楽。何より自由で、おいしいから」

馬田さんちの鍋はどれもポン酢いらず。鍋の中で味を完結させるから。鍋の具を食べつつ、汁もスープのようにごくごく一緒に飲むスタイルです。

この日のメニューは「納豆みそキムチ鍋」。信頼を寄せる三河島「丸萬商店」のキムチと豚肉、アミノ酸が豊富な料理酒「仁井田本家の旬味」を出汁に、母と娘の好物の納豆をたっぷり乗せて。

母娘の食卓には最近、韓国の匂いが立ち込めています。聞けば娘さんの影響で馬田さんも数年前からK-POPに夢中なのだとか。ふたりの共通の趣味が食卓を彩ります。


がんばれない日の自分を支えるもの

力を抜いて軽やかに、母と娘の胃袋と心を満たす馬田さんちの食卓の秘訣は、ちょっとした調味料の仕込み。

柚子胡椒を日本酒で溶かしたもの、唐辛子とニンニクを刻んで醤油に漬けたもの、生姜とニンニクとねぎを刻みごま油で和えたものをそれぞれ瓶に詰めて冷蔵庫へ。

馬田さん:
「パンチが効いた辛いものが好きなので、自分好みの味をつくっておきます。これらの自家製調味料は刺身や茹でた肉、豆腐に乗せたり、肉や野菜と一緒に煮たり炒めたりしています。手間をかけずに、味が決まるんです。子どもが小さい頃は、取り分けてから辛味を足していました。

朝の弁当づくりのついでとか、土曜の買い物のあととか、元気がある、今だ!というタイミングで仕込んでおきます」

一から薬味を刻む元気がなくても、予め刻んだものがあれば、自分を喜ばせるおいしさを妥協しなくてもいい。

馬田さん:
「40代後半からぐっと疲れやすくなって。夕方にはもう何もしたくないという日が増えたんです。そういう日は潔く頼れるお店でおかずを買って帰ります。焼き鳥とか韓国のオリーブチキンとか。

でも、野菜だけはフレッシュなものをたっぷり食べたい自分がいるんですよ。洗って水を切ったレタスが冷蔵庫にあれば、海苔を千切ってオイルとビネガーで和えてサラダがすぐに食べられる。準備した自分に感謝する瞬間です」

がんばれる日の自分が、がんばれない日の自分を支えてくれます。



母の更年期と娘の思春期。ホルモンの波に揺られて

出産からまもなく離婚を選択した馬田さん。以来、母と娘で食卓を囲み続けてきました。

馬田さん:
「子育てにおいて自分にできる確実なことは、ごはんをつくり続けること。子どもの好き嫌いに目くじら立てずに、とにかく毎日食事ができればいい。食べているうちに、心のしこりもほぐれていくこともある。朝、喧嘩してぎくしゃくしたまま家を出ても、夕飯に好物のたらこパスタをつくれば元通り、なんてこともよくありましたから」

▲よく冷凍保存するごはんのメモシールは台所に貼って再利用

そんなふたりの食卓に暗雲が立ち込めたのは、馬田さんが更年期、娘さんが思春期を迎えた頃。

馬田さん:
「娘が11歳を過ぎたくらいから、食卓での会話のラリーが続かなくなって。『今日、どうだった?』って聞いても『別に、フツー』しか返ってこない。そのあとはしーん。大人がオブラートに包むようなことも、ティーンの彼女はむき出しなので。親子には遠慮がないから、裸の言葉がぶつかり合ってしまうんですよね」

感情がぐらんと揺れ動く毎日、深呼吸をするように心で唱えていた言葉があるそう。


思春期の女子が生意気なクチをきいても、
“ああ、今、このコの脳の中では、
扁桃体が感じている不安をごまかすために、
未熟な前頭葉に一生懸命もっともらしい
理屈をこねさせているのだなあ”と
理解していただきたいと思います。

大下隆司著『思春期デコボコ相談室-母娘でラクになる30の処方箋』(集英社)より抜粋

馬田さん:
「このアドバイスに出会ったとき、ティーンの娘が生意気な言動を取るのは、性格でもなんでもなく、未熟な脳のせいなんだ、ちゃんと理由があるんだって腑に落ちたんです。しかも遠い昔の私にも身に覚えがある。

親子がぶつかり合うのは、脳に命令を出すホルモンの仕業。私も娘もホルモンの嵐の中を行く小舟のようなもの。自分の意志ではコントロールできないことがあるんだと自覚できたんです」

ホルモンの荒波に揺られ戸惑いながら歩む人生を、馬田さんは「ホルモン大航海時代」と呼びます。言い合ったり、静まり返ったり。親子ともども大航海を行く最中、頼りにしたのは音楽の力。

馬田さん:
「Spotifyで好きな曲を入れ合うプレイリストをつくりました。選曲にジェネレーションギャップはあるんですが(笑)、娘が入れたK-POPやボカロを聞くことで新しい世界が広がるし、何より気分が上がる。

目の前の娘の言動を頭の中で反芻しても、食卓は静かなまま。朝はラジオでJ-WAVEの番組をかけているんですが、SDGs関連のニュースやミュージシャンのトピックに反応して会話が生まれることもあるんですよ」

本から得た専門家のアドバイス、音楽にラジオ。外の風をふわっと吹き込むだけで、ピリッとした空気はやわらかく、尖った心も丸くなっていくのかもしれません。



親だって悩むし、失敗もする

馬田さん:
「娘が高校2年になった今、むき出しの言葉が心に突き刺さることはほとんどなくなりました。これが成長かと、しみじみ感じています。その代わり、近頃は部活などで帰りが遅くなることもあって、別々に食べる日が増えました。といっても、娘が帰ってきてごはんを食べるときには私も食卓で晩酌をするんですけどね。とりあえず隣にいればいいかなって」

食卓で同じ時間を過ごしていると、どちらからともなく自然と会話が生まれてくるそう。馬田さんが相談をすることも。

馬田さん:
「これどう思う?と話すと、本質を突いたアドバイスをくれることもあって、いい思考の壁打ち相手になるんですよ。親だから弱音を吐かず、かっこよくいたいと思わなくはないけど、そもそも子どもはそんなこと期待してない。さんざん親のダメなところも見てるから。へべれけに酔っ払っては『お母さん、何杯目?』って諭されてきましたし……」

行きつけの料理酒場のカウンターで呑兵衛に囲まれた娘さんが「将来、お酒呑みたい?」と聞かれたとき、さらっと「願わくばザルでありたい」と答えたエピソードを笑って教えてくれた馬田さん。

親だって悩むし、失敗もするし、落ち込む。仕事に打ち込んだり、酔っ払って気を抜いたり、趣味に夢中になったり。馬田さんは揺れながらも楽しくたくましく生きる姿を包み隠さず見せてきたのでしょう。


いずれ別々に暮らす日が来ても

馬田さん:
「子どもが生まれてからは、それまで100%だった自分の仕事の出力を娘が0、1歳の頃は10%、保育園時代は30%、中高生では70%くらいに抑えてきました。そのことに悶々としたこともあったけど、後悔はない。いやむしろ、とてもよかったと感じています。生きるうえでいろんな景色を見ることが、自分の人生を豊かにしてくれた。

冷えた思春期の食卓を経て今、娘とのささやかなやりとりにとてつもない幸せを感じることがあるんです。このために私は子育てという大仕事をしてきたんだなって」

娘さんは11歳の頃から、夕飯に出てきた好きなメニューを書き留めた「ひとり暮らしのレシピブック」を更新しています。馬田さんも最近、ひとり暮らし用の物件を眺めることもあるそう。

馬田さん:
「さみしいけど、いずれ別々に暮らす日が来る。そしたら次はどこかで待ち合わせをして、お店で乾杯したり、海外を旅したり。そんな未来も悪くない、なんならちょっと楽しみだなって思うんです」

天井に貼られた折り紙のプラネタリウム。母の日や誕生日に贈られた絵と手紙。一緒にポルトガルを旅したときの写真。明るく風通しのいい部屋には、成長を重ねてきたその時々の娘さんとの思い出が漂っています。

馬田さんはきっと、山も谷も娘さんとともに歩き、いろんな景色を眺めてきたのでしょう。

「いい相棒になるよ〜」。ワンオペ育児でどうしようもなく、仕事の現場に0歳の娘を連れて行ったとき、その場に居合わせた初対面の馬田さんがそんな言葉をかけてくれたことがありました。思春期を経て今、清々しく笑う馬田さんの姿に、そう思える未来がほのかに見えたような気がしました。


土鍋を火にかけ、ごま油を注ぎ、みじん切りしたニンニクと豚バラ肉を炒める。白菜キムチを加え香りが立ってきたら、小口切りにしたねぎを入れて炒め、日本酒1/2カップと水3カップを加えてひと煮立ちさせる。味噌大さじ3を加えて味をととのえ、ざく切りにしたニラで土手をつくり、真ん中にひき割り納豆2パックを乗せる。

馬田さん:
「仕上げにごま油かラー油をひとまわし。食べるときに豆板醤を加えて辛味をアップさせても◎じゃがいもや豆腐を入れてもおいしいです。〆に韓国のサリ麺(ラーメン)やトック(餅)を入れるとJK娘のテンションが上がります」


photo:井手勇貴

馬田草織

文筆家・編集者・ポルトガル料理研究家。取材先の酒場で地酒を飲むのが至福のひととき。料理とワインを気軽に楽しむ会「ポルトガル食堂」を主宰。著書に『ようこそポルトガル食堂へ』(産業編集センター・幻冬舎文庫)、『ポルトガルのごはんとおつまみ』(大和書房)、『ムイトボン! ポルトガルを食べる旅』(産業編集センター)。最新刊に女の生きると働くと食べるをレシピとともに綴ったホルモン大航海時代』(TAC出版)思春期娘と母のやりとりとレシピを綴った『塾前じゃないごはん』(オレンジページ)がある。

インスタグラム:badasaori

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