あの人の生き方(石黒智子さん)
【あの人の生き方】後編:70代で終活をスタート。AIも活用して、楽しく暮らしを見直す(エッセイスト・石黒智子さん)

【あの人の生き方】後編:70代で終活をスタート。AIも活用して、楽しく暮らしを見直す(エッセイスト・石黒智子さん)

70代に入ってますます軽やかに、楽しく日々を過ごしているエッセイスト、石黒智子(いしぐろともこ)さんのご自宅にお邪魔しています。

前編では、エッセイストになった経緯や、最近の日々の楽しみについて教えてもらいました。後編では、数年前から進めている終活について、そして年を重ねることについてお話を聞いていきます。

前編をよむ

これからを快適に生きるために。終活は人生の見直し

数年前から、終活を始めたという石黒さん。元々家はすっきり片付いているように見えますが、「それでも、ものがいろいろ溜まっているんです。クッキー缶やジャムの瓶は、好きだからなかなか捨てられなくて」と話します。

石黒さん:
「亡くなった義理の母の介護をしていた時期があったんですが、家の中がものであふれていて。台所もほかの部屋も、足の踏み場もないくらいでした。手伝いにきてくれる介護ヘルパーさんもこれでは大変だなと。

自分もいつ介護の人に来てもらう身になるか分からない。そんなときに気持ちよく手伝ってもらうために、すっきりした家にしておきたいと思ったの。

それに、我が家にあるものは、これまで自分なりに一生懸命選んで手に入れたもの。そういうものをなるべくゴミにしたくない。だから今のうちに、もらってくれる人に差し上げたい、引き継いでもらいたいと思ったんです」

石黒さん:
「私にとっての終活は、人生の見直しであり、これからの人生を快適に生きるためのもの。今後の暮らしをどうしたいかと考えると、必要なもの、不要なものが分かってきます。

人に引き継げるものは引き継いで、そうじゃないものは処分してるんですが、そんな時にAIに聞くと便利なことがあるんですよ。器や瓶の写真を撮って送ると、これは何年にどこどこで作られたものだ、なんて答えてくれるんです。

どうしても捨てられない瓶があって、AIに聞いてみたら『これはヴィンテージものだから、捨てるのはもったいない。誰かに譲った方がいい』っていうのよ。

植物についてAIに聞くと、間違っていることが多いの。私が教えてあげると『おっしゃる通りです、ありがとうございました』なんて言うんだけど、こういうことに関してはすごいですね」


ものを捨てることだけじゃない。終活は、人それぞれ

終活というと、何となく「やらねばならない」という重いイメージがありますが、石黒さんは面白そうに取り組んでいる様子です。

石黒さん:
「同年代の友人夫婦は、家の中にものがたくさんあるけど、もう片付けるのを諦めたって言うの。毎日探し物をしてますって笑うのね。

だけど、探し物をすると面白いこともあるんですって。何かを探している途中に、ふと学生時代に使っていた文房具を見つけて、そこからいろんなことを思い出したり」

石黒さん:
「それを聞いて、そういう考え方もあるな、それがその人たちの終活なのかもって思ったの。そういうのも生き方として楽しいじゃない。

ものを片付けたり処分したりできないんだったら、やらなくていい。生き方は人それぞれなのだから、終活もそれぞれだと思うんです」



「忘れないように」ではなく「忘れてもいいように」書く

石黒さんの仕事机の上に、色とりどりのアイス棒がありました。一部には、手書きで何かが書いてあります。

石黒さん:
「前にテレビを見ていたら、恋人の好きなところを100本の虹色のアイス棒に書いてプレゼントしたという人がいて。素敵だなと思って、それを少し真似しているんです。

私の場合、後になって思い出したら楽しいだろうなっていうことを書いておくんですよ。たとえば去年の12月、行き先が書いていないバスが来て、乗ったら運転手さんがサンタクロースの格好をしていた、とか。

この年になるといろいろ忘れちゃうでしょう。だったら書いておけばいい。忘れないように書くんじゃなくて、忘れてもいいように書くんです」

石黒さん:
「以前、新聞で俳優のアラン・ドロンが亡くなったという記事を、彼の小さな写真入りで見たんです。その瞬間、アラン・ドロンが出演していた映画のタイトルのいくつかが頭の中をぱーっと巡り出したの。こんなことが起きるんだ!って思いました。

人の名前や映画のタイトルがすぐに出てこなくなったけれど、こうやって何かのきっかけで思い出すかもしれないじゃない。だから忘れるなんてどうってことないなって。

しかも、ほかにもいろんな映画があったはずなのに、本当に自分が面白いと思ったもののタイトルしか出てこないんです。これは便利だなと思いました」

石黒さん:
「70歳を過ぎてより強く意識しているのは、否定形を使わないこと。否定形を使わずに過ごすと、嫌なこと、嫌いな人のことはすぐに忘れられますから。

嫌なことまで覚えていられないもの。頭と心は楽しいこと、うれしいこと、幸せなことだけで満たされます」


何ができるか、できないかは取るに足らないこと

記憶力の衰えも、石黒さんにかかれば 便利なこと。同じことをするのに前より時間がかかるようになっても「それだけ自由なひとり時間を楽しめることだと考える」と、至ってポジティブです。

私自身、年齢とともに前できていたことができなくなっていくことへの不安や恐れを感じることが時々あります。石黒さんが年齢による変化を前向きに捉えられるのは、なぜなのでしょう。

石黒さん:
「子どもの頃、母、祖母、曽祖母と、4世代で暮らしていた時期もありました。私のひいおばあちゃんは98歳まで生きたんですよ。だから年を取るということがどういうことか、順を追って見てきた経験は大きいと思います。

ひいおばあちゃんは、江戸時代の生まれでね。不便な場所に住んでいたこともあり、学校に行けなかったんですって。家にお坊さんなどが来て読み書きや計算を教えてくれたそうです。しかも一人娘でお婿さんをもらったということもあり、自分の家の敷地から出たことがない人だったんです。

それでも、毎日すごく幸せそうでした。高台に立っていた家から、遠くに海が見えたのでそれを眺めたり、庭の草花を楽しんだり。その姿を見て、何かができるとかできないとか、どうでもいいんだなって思ったんです」


毎朝「今日はどんな楽しいことをしよう」と考える

石黒さん:
「毎朝、夜明け前に自然に目が覚めます。子どもの頃から寝る前に『明日はどんな楽しいことをしよう』と考えるのが習慣だったんですが、70歳を過ぎたころから翌朝、覚えていないの。

だから今は朝、目が覚めてからベッドの中で『今日はどんな楽しいことをしよう』って考えるようになりました。それができれば十分です。できなかったら途中でやめてもいい。しばらくして、またやりたかったらやればいい」

▲工作したものは工作用にとってある古い部品などを家の柱に吊るして。「こんなものがあったらいいな」と思ったら手を動かして作ってみるのが楽しみのひとつ

石黒さん:
「わたしにとっての楽しいこと、やりたいことって、とっても小さなことです。

先日は、前の週に手に入れた携帯用防虫器の紐を長くしました。

図書館のリユース文庫に3冊寄付する。ゼラニウムの挿し木をする。知人からいただきものをしたのでお礼状を書く。そんなことで毎日を十分楽しめます」

庭の草花に関する発見をしたり、イギリスの料理番組『ブリティッシュ・ベイクオフ』を観ていて、使われている調理道具の変化に気づいたり「もう70歳を過ぎたんだから、ぼうっとしてたいんだけど、ついつい “はっ” としちゃうのよね」と笑う石黒さん。

過去の自分や「こうあるべき」にとらわれず、いつだって目の前の暮らしをつぶさに見つめて面白がる。そんな生き方が、日々を彩るのかもしれません。

今日はどんな楽しいことをしよう。毎日そう考える習慣を、私も真似してみようと思いました。


【写真】杉能信介


もくじ

石黒智子

雑誌や書籍を通じて収納、家事のアイデア、暮らしの工夫、道具の選び方などを独自の視点で発信。「亀の子スポンジ」など、台所用品の商品開発、商品評価の仕事でも活躍している。著書に『70歳からの軽やかな暮らし』『もう一度、見直す 暮らしと日々の道具』(ともにPHP研究所)など。自身のサイトでは毎日写真とともに一文をアップしつづけている。

HP:https://ishiguro-tomoko.com/