
会うたびに「こんなことを発見したの!」と楽しそうに教えてくれる。面白いことを見つけるのが上手で、いつも表情が生き生きしている。自分もこんなふうに年をとれたらなあと思う人がいます。
エッセイストの石黒智子さん。優れた台所道具や日用品、家事のアイデアなどを独自の視点で紹介している暮らしの達人です。
「どうしたら家事がもっとラクになるか」「今の自分にとって心地いいものは何か」を常に考え、70代になった今も日々暮らしや気持ちをアップデート中。その姿は、年を追うごとに軽やかになっていくようにも見えます。
そんな石黒さんに、楽しく歳を重ねる極意を聞きたいと思い、ご自宅を訪ねました。
40数年前、住宅ローンを1日でも早く完済したくて

高台に建つ石黒さんの住まいは100平米の1LDK。40数年前、夫の設計により建てたそうです。部屋を仕切るものがほとんどない開放的な間取りは、石黒さんが考えたのだといいます。
石黒さん:
「納屋みたいな家が好きで、そんな住まいにしたかったんです。それに当時はこれからどのように暮らしていくか分からなかったから、極力シンプルにしておこうと思って。最初から部屋を区切ってしまうと後で壊すのが大変だけど、箱のような空間にしておけば、後から家具などで区切れるでしょう」

家のこと、暮らしや家事のこと、日用品のことについて著書を数多く出している石黒さん。どのような経緯で、エッセイストの道を歩むようになったのでしょう。
石黒さん:
「結婚した頃、夫の実家を建て替えて住むことになり、家が完成するまで近くの古いアパートで暮らしました。大家さんが『費用は出すので自由に改装してもいい』と言ってくれたので、玄関ドアと台所の床を貼り替え、トイレも塗り替えました。
その頃、雑誌の台所コンクールに応募したところ、銅賞に選ばれたんです。編集部の人が自宅に撮影に来てくれた時に、実家の建て替えの話をして図面を見せたら『完成したら最初に取材させてください』と言われて。それがきっかけで、次々と取材を受けるようになりました」

石黒さん:
「当時は雑誌の料理コンテストも盛んな時代でした。私は家の建て替えのための住宅ローンを1日でも早く完済したくて、いろいろなものに応募したら、どれも入賞したの。そこから料理や料理道具の取材も増えました。
雑誌『暮らしの手帖』の読者投稿ページ『エプロンメモ』にも応募して、原稿料をいただけるようになり、おかげで35年で組んだローンを5年で返済できたんです。
そのうちエッセイの執筆も依頼されるようになり、毎日執筆するようになっていきました」
いつだって「いまの暮らしに最適な道具」を

こざっぱりとした台所に整然と並ぶ調理道具。石黒さんは道具や日用品の目利きとして数々の名品を紹介するほか、鍋や台所用スポンジなどの商品開発に携わっています。
道具を見る目が養われたきっかけもまた、雑誌のコンテストでした。とある雑誌の料理コンテストの賞品が、外国製のハンディーフードプロセッサー。ローン返済中で料理道具を買うお金の余裕はなかったものの、どうしてもこの道具がほしくてコンテストに応募、見事入賞して手にしたのです。
▲石黒さんが開発に携わったステンレスの重ね鍋5点セット(販売終了)。浅鍋と深鍋にボウルを重ねると湯煎鍋になり、コランダーを重ねると蒸し器に
石黒さん:
「ところが、1年ちょっとで壊れてしまったの。たった十数回使っただけなのに。輸入元に問い合わせたら『修理より買い替えたほうが安いです』と言われました。
捨てる前に分解してみたら、基板が1枚入っているだけ。基板1枚の交換が買い替えより高いなんて! 付属のアタッチメントを含め、すべてを捨てろということでしょう。
値段が高く、デザインの優れた家電は機能もそれなりだろうとの思い込みが一瞬で消え去った瞬間でした。それ以来、道具はデザイン、機能、重さ、耐久性、価格のバランスで、家電の場合は適切な消費電力を見て選ぶようになったんです」
▲Amazonで探して買ったという16cmのキャセロール
鍋、菜箸、メジャーカップ、バスタオル、掃除用ブラシ、ボールペン……。台所道具だけでなく、暮らしで使うもの一つひとつを丁寧に吟味しながら、最適なものを選んできました。
「最適」なものはまた、年齢や体力、暮らし方によっても変化します。最近は、道具も器も、軽いものの出番が増えました。いつだっていまが一番快適でいられるように、常に見直しとアップデートを続けているのです。
石黒さん:
「最近出番が多いのは、直径16cmのキャセロール。湯豆腐や簡単な鍋物など、夫婦ふたりの食事にちょうどいいんです。お鍋も、最近は14cmの片手鍋でたいてい何でも作れますよ」
空き箱や文房具を使って、ちょうどいいものを手作り
▲サンルームにある作業台。端材で作られた天板は1枚ずつ取り外せる。中に作業道具や蚊取り線香などを収納
納得いくものをとことん探して買うこともある一方、家にある身近なものを使って暮らしの道具を手づくりする。それもまた、石黒さんの真骨頂です。
石黒さん:
「一からつくるのは労力がかかるので、いただきものの箱を使ったり、古い文房具などに手を加えたりします。暮らしが変化するたびに、それに合わせて既製品を買うのは大変。『こういうものがあったらいいな』と思ったら、失敗もしながら自分でつくってみるんです」
▲キッチンの引き出しの中も、空き箱などを使って、必要なものがぴったり収まる収納を手作り
▲ボストンクリップと使えなくなったボールペンのボディを組み合わせてつくった蚊取り線香立て
▲口の狭い空き瓶に置いて使用。ボールペンが重りになって倒れない
石黒さん:
「子どもの頃、隣の家が造船所の社長さんの家で、そこに50人くらいの若い船大工さんたちが暮らしていました。みんな手先が器用で、いろいろな生活用品を楽しそうに作っていたの。それを見て育ったから、何でも作ろうと思えば作れるんだって思うようになったのかもしれません。
もうひとつ、その人たちがいつも作業道具を見事なほどきれいにしまっていたことも、今の整理整頓や収納スタイルに影響している気がします」
▲古いカセットコンロを処分する前に解体、五徳の四角に脚をつけ、真ん中にキャンドル置きとして缶の蓋を埋め込んで作ったキャンドルウォーマー。お茶の保温などに便利

70代になってやめたこと、始めたこと

創意工夫を重ねて生活を営んできた石黒さん。70代に入り、年齢に応じて暮らし方が少しずつ変化する中、変わらず新しい楽しみを見つけています。
石黒さん:
「友人たちとのホームパーティーは、準備や片付けが大変なのでやめました。おしゃべりはもっぱらメールでしています。
69歳で自動車免許を返上して、最近はバス生活です。バスに乗っていると、世の中は面白いなあと思うことがたくさんあります。素敵な装いをしている女性に出会うこともあるし、買い物帰りのバス待ちの時間、ご近所の人と買ったものを見せ合うのも楽しいです」
▲初めて買ったという料理本『ル・マンジュ・トゥー 谷 昇シェフのビストロ流 完全レシピ』。「我が家流」に書き換えたり余白に書き込んだりしながら使っている
石黒さん:
「毎日の楽しみのひとつは、工作。図書館のリユース文庫に寄付する本に挟む栞を作ったり、蚊取り線香立てを作ったり。今はキッチンタイマーの音がやかましいので、どう直そうかと考えています。
読書も欠かせません。好きな作家は辻仁成さん、原田マハさん。いま生きている人の書いたものを読みます。数年前から小説も書き始めていて、これも進行中です。
でも一番時間を使うのは、園芸に関すること。庭木の植え替えや種まき、種集め、押し花など、することはいくらでもあります」

40数年前に引っ越してきた時は荒れてしまっていたという庭と温室。何年もかけてコツコツと整え、やっと庭づくりが完成したのが昨年のことです。
今はご近所から分けてもらった苗や、友人知人から送られてくる種や球根を楽しみながら植え、育てています。
石黒さん:
「長年続けていても、植物について知らないことはまだまだたくさんあるし、興味は尽きません。
最近も新しいことが分かったの。アキイロアジサイの色って、そういう種類があるんじゃなくて、日照時間によるものなのよ。5年間かけて、庭のいろいろな場所に植えてみた結果、この発見に辿り着きました」

石黒さん:
「先日から始めているのは、鉢植えアートです。
余っている植木鉢を誰かに譲りたいのだけれど、鉢だけだと誰ももらってくれなくて。そこで、ハランとリュウノヒゲ、ゼラニウムとカランコエなど、庭の地植えから多年草を選んで寄せ植えにしたらすぐに貰い手が現れたんです。
これで、終活が一歩進みました」

数年前から、終活も進めているという石黒さん。後編ではそのことについて聞いていきます。
【写真】杉能信介(16枚目以外)
もくじ
第1話(9月24日)
70代、軽やかに歳を重ねて。エッセイストの石黒智子さんを訪ねました
第2話(9月25日)
70代で終活をスタート。AIも活用して、楽しく暮らしを見直す(エッセイスト・石黒智子さん)


石黒智子
雑誌や書籍を通じて収納、家事のアイデア、暮らしの工夫、道具の選び方などを独自の視点で発信。「亀の子スポンジ」など、台所用品の商品開発、商品評価の仕事でも活躍している。著書に『70歳からの軽やかな暮らし』『もう一度、見直す 暮らしと日々の道具』(ともにPHP研究所)など。自身のサイトでは毎日写真とともに一文をアップしつづけている。