
50代を迎えるころから、少しずつ現実味を帯びてきた「この先、どこでどう暮らすか」。
特集【終の住処】では、40代後半で地元に家を建てた石澤敬子さんを訪ねています。石澤さんは、「ミナ ペルホネン」で働きながら、「moss」の名前でものづくりを続けています。
前編では、家を建てることになったきっかけと、理想と現実の折り合いをつけながら進めた家づくりについて伺いました。
後編では、完成した家での暮らしについて。長く暮らした和朗フラットから新築へ、最初は「新しすぎる」と感じた家が、少しずつ自分の場所になっていくまでを伺います。
前編をよむ快適だけれど、「新しすぎる」

長く暮らした築80年ほどの東京・麻布台の「和朗フラット」から、新築の家への引っ越しで、暮らしの快適さは大きく変わりました。
石澤さん:
「住み心地は、やっぱりすごく快適になりました。和朗フラットのお風呂はバランス釜でしたけど、今は足を伸ばしてゆったり入れます。
冬は本当に暖かいです。和朗フラットではカシミヤを着て寝ていたくらいだったのが、今は2階に床暖房まであるので、なんだか体が生ぬるくなっちゃったような(笑)」

住み心地がよくなった一方で、最初は新しい家にどこか馴染めない感覚もあったそう。
石澤さん:
「たとえば窓。和朗フラットは、古いガラスならではのゆらぎや、カチャッと留めるだけのようなレトロな鍵で、そういうところもすごく好きでした。
新しい家は、網入りのガラスだったり、新しいサッシだったり。そういう一つひとつが、とにかく新しすぎたんですよね」

少しずつ「自分の家」と思えるようになるまで

現在、この家で暮らし始めて8年目。少しずつ馴染んできたと感じたのは3年ほど経った頃で、「しっくりきた」と思えたのは5年ほど経ってからだったそう。
石澤さん:
「いいんだか悪いんだか、物も増えてきたので(笑)。すっきりはしていないんですけど、それが自分らしい空間になってきたのかなって。
前の家は飾るスペースがなかったけれど、今は欲しいと思ったものを買って、『じゃあ、どこに飾ろうかな』と考えられます。
すごいアート作品を買っているわけではないですけれど、誰かの作品を飾りたいとか、年齢的にもそういうものを買えるようになってきて、そうやって、だんだん家も自分のカラーになってきました」
▲大好きな横尾香央留さんの作品。
家が少しずつ自分らしい場所になっていくにつれて、過ごし方も広がっていきました。
石澤さん:
「和朗フラットでは、本当に少人数でワークショップをしていたんですけど、ここに来てからは頻度も増えましたし、イベントもするようになりました。
家でご飯会をするのも好きなんです。
以前は、狭いキッチンで準備して、テーブルのところまで運んで食べる、という感じでした。今は後ろのキッチンで作りながら、みんなとしゃべれる。それがすごくいいですね。少人数のときもあれば、大人数でテーブルを囲むこともあります」

地元に戻って見つけた、親とのちょうどいい距離感

石澤さんがこの土地に戻るきっかけをつくった母親との関係も、以前とは少し変わりました。
石澤さん:
「母が常に『呼んで、呼んで』と言うので、月に1回くらい、うちでふたりでご飯を食べています。
いつもはだいたいお昼なんですけれど、この間は兄夫婦が出かけていたので、お昼を食べて『ちょっとお風呂もいただこうかしら』って(笑)。お風呂に入って、夜ご飯も食べて、送っていきました」

石澤さん:
「基本、離れていい関係になりましたね。実家に住んでいた頃は、やっぱり近すぎるところもあったけれど、距離ができたほうが、いろんな話もできるようになりました」
一緒に住むのではなく、歩いて数分の場所でそれぞれに暮らす。
家を建てる前に選んだその距離が、今のふたりにはちょうどよかったようです。
家を建てて変わったこと、変わらないこと

家を建てるときに思い描いていた、ものづくりをしたり、人を招いたりできる場所。暮らし始めて8年、そのイメージは少しずつ現実のものになりました。
石澤さん:
「最近だと、ペーパービーズのワークショップがすごく好評でした。元仕事仲間を呼んで、包装紙などの紙を切って、くるくる巻いてビーズに仕立てて、それをネックレスにするんです。
あとは金継ぎも。先生に来てもらって、本漆を使った金継ぎのワークショップをしています。
地元の街にいろいろな人に来てもらえるように、少しずつ根付かせたいなと思っていたことが、この7、8年でできてきたのかな、という感じです」

一方で、自宅をワークショップやイベントの場として開くことには、気になることもあるといいます。
石澤さん:
「Instagramでは、プライベートなことも、ワークショップや自分のものづくりのことも、全部一緒に発信しているんです。友人からは『自宅なんだから、気をつけたほうがいいよ』って心配されます。
でも、自宅を開くって、そういうことでもあるんですよね。そこは覚悟しています」

この家は、人が集まる場所でもあり、石澤さんがひとりでものづくりに集中する場所でもあります。
石澤さん:
「何も予定を入れない日は、地元の商店街に食材を買いに行くくらいで、あとは家にこもってものづくりをしています。やる日は一日こもって集中しちゃったほうがいいんです。
1階はもう作業する場所、と決めているので、集中しやすくなりました」

「ミナ ペルホネン」の仕事を続けながら、自分のものづくりやワークショップも続けてきた石澤さん。どちらかひとつに絞るのではなく、ふたつがある今のバランスが、自分には合っていると感じています。
石澤さん:
「ミナで働いているからこそ、いろいろな刺激をもらえるし、生活のための仕事があるから、自分の活動では、本当に好きなことをできるところもあるんです。
だから、これからも大きく広げていこうとは思っていなくて。このまま続けて、気になってくれる人が来てくれたらいいなって。
私はたぶん、和朗フラットにいたころから、自分の好きな世界の中で何かをするのが好きなんですよね。ここも、私にとっては『自分のお城』。ここでつながった人たちとの心地いい時間を、これからも続けていけたらと思っています」

家づくりの途中では、思い通りにならないこともあり、今も「本当は好きではない」という部分もある。それでも、好きなものを置き、人を招き、ものづくりをしながら8年を過ごすうちに、少しずつ「自分のお城」になっていったという話が印象に残りました。
そして、自分の場所を持ったことで、そこでできることも、人とのつながりも少しずつ広がっていったそう。住まいは、最初から完成された理想の場所でなくてもいいのかもしれません。暮らしながら自分の場所にしていく。その先に、思いがけない楽しみが広がっていくこともあるのだと思いました。
(終わり)
photo:MEGUMI
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石澤敬子
自身のブランド「moss*」の活動と並行して「ミナ ペルホネン」に勤務。自宅兼アトリエではワークショップやイベントなどをおこなう。
Instagram:@keicomoss