
家族のために毎日のごはんを用意することは、当たり前のようで、簡単なことではありません。どうしようもなく忙しい日もあれば、体調が優れない日も、家族と喧嘩して気持ちが乗らない日もあります。それでも、ごはんをつくって一緒に食べる。そんな日々を重ねています。
ほかの家族はどんなふうに、ともに暮らす日々を営み、その関係を育んでいるのだろう?
ある日の食卓から、家族の物語とその関係性を辿る【かぞくの食卓-table talk-】第12話〈最終回〉は、料理家の野村紘子さん、友里さん親子を訪ねました。
自然のままに。季節を楽しむ暮らしの工夫

こぼれた花もそのままにわさっと生けられた萩。枝葉をつけた小ぶりな青い柿。毬に包まれた栗。土がついたジャガイモ。洗練された都心の家には、秋の気配がたっぷり漂っています。
紘子さん:
「外を歩くときはきょろきょろして、こぼれ落ちた実を連れて帰ることもよくあります。庭に柿が実っているお宅にお裾分けしてもらって、お礼にお菓子をお贈りして。ここに越して20年になりますが、今ではネットワークが広がって、この花が咲きましたよ、取りにきてくださいって教えてくれるんです」

紘子さん:
「道端に咲く野花を湯呑に一輪挿すだけでもいい。ハーブもグラスに入れて、野菜も食べる前に飾って楽しむ。自然のままが美しいですから」
花を買って花器を揃えなくても、外にある自然をそのまま家の中に取り入れる。気負わずに季節を楽しむ暮らしの工夫を教わりました。
日々の料理も、旬の食材でひと手間を惜しまず、ささっとたっぷりつくるのが紘子さんの流儀。

この日は、豚肉と茄子と万願寺唐辛子を味噌とみりんと生姜で炒め、焼いたカボチャに実山椒を散らし、ジャガイモをまるっと鶏ひき肉と玉ねぎで煮込む。ひじきの煮物と酢の物を添え、汁物には炒りごまを手でひねって香らせる。椎茸ごはんは、紘子さんの思い出の味です。
紘子さん:
「大学時代に祖母の友人の熱海のおうちを訪ねたときに、裏山の原木から採りたての椎茸を網で焼いて、炊きたてのごはんに添えて出してくれたんです。お茶碗の蓋を開けた瞬間にふわあ〜っと湯気とともに漂う椎茸の香りに感動しましてね。忘れられない味です」

友里さん:
「幼い頃から話を聞いていて、情景も含めた味を想像していました。中学の頃に母と熱海を訪ねていただく機会があって、香りから味覚が広がった。ほかにも蕗の薹味噌の春の苦みや、鶏肉の赤ワイン煮込みと一緒に出す、同じ赤ワインで炊いた葡萄ごはんなど、大人の味を知った日をいまでも覚えています。
母が取り寄せた伊勢海老に弟と餌をあげていたら、ある日食卓に上がってぎょっとしたこともありました。お祭りで食べたお好み焼きをつくって!とお願いしたら、母は食べたことがなかったらしくあまり美味しくなくて……。友人宅で出てきたレトルトのミートボールも食べたい!と言ったらいちからつくろうとして、そうじゃないのっていうね」

友里さんから次々に飛び出す食卓の思い出に、家族の時間が立ち上ってくるようです。
友里さん:
「味だけじゃなくて、食卓に上がるごはんの背景のエピソードも香りも、空間のコーディネートも全部ごちそうですよね」
大切に扱われている。言葉にしなくても食卓で伝わるもの

紘子さんの料理を囲み、野村家にはさまざまな人が集まるように。父の会社の同僚に、友里さんや弟の友人、親戚にご近所の方。紘子さんは集まる人に合わせた献立を考え、40年以上おもてなしをしてきました。
紘子さん:
「西洋料理を学んでいたのですが、得意なのは10分でちゃちゃっとつくる即興料理。喜んでもらいたい!とあるもので工夫をしてね。仕事じゃないから義務感もなく、楽しいんです。ご縁のある方は誰でもどうぞ、という気持ちでいました」
友里さん:
「食卓ではよく観察をしていましたね。年代も属性もバラバラな人たちが食卓を囲むとくるっとまとまる。会話からその方の背景や物語が垣間見えたり、私たち子どもの前とは違う顔で人と接する父と母を見たりして。今思うと、人の多面な姿や親の家族以外のつながりを知って、社会勉強をしていたのかなあ。
父は仕事が忙しかったので、平日は母と弟と3人の食卓だったんですが、父がいて来客がある週末とは明らかに差があって。人の顔が華やぐ瞬間も目撃して、おもてなしとはこういうことか!と見て学んだ気がします」
幼い頃から紘子さんの料理を食べに来て、30年以上付き合いがある方もいるのだとか。

友里さん:
「私や弟の友だちは、多感な時期にきちんと器に盛って食事を出してもらったことが印象に残っているようで。大切に扱ってくれているという感覚があるみたいなんですね。
私たちがいなくてもよく遊びに来ていて、中には結婚の報告に来ることもあるんです。親とは違う距離感で、利害関係のない第三者との関係があると、少し気が楽になりますよね」
国境を超えて助け合った、ボルシチの味

食卓と味にまつわるエピソードが溢れ出る中、野村家の祖母から母、娘へと受け継がれてきた大切な家族の味がボルシチ。紘子さんのお母さまが中国・大連に暮らしていたときに、ロシアの家族・ガンシンさんに教わったレシピです。
紘子さん:
「鉄道省に勤めていた祖父が技師として来日したロシア人に親切にしたご縁で、私たち家族が大連で暮らしていることを知り、敗戦したときに探してくれて、食料を馬車で届けてくれたんです。ご自宅に招いて、ボルシチを振る舞ってくれて、母が習ったんですね。4人兄妹で、当時5歳だった私や3歳の弟もみんなでお邪魔させていただいて。幼心にその温かさを覚えています」
友里さん:
「国が対立してしまったロシアの家族が、日本の家族を助けてくれた。戦争が起きていても、食卓には人と人とのつながりがあったんですね。それが平和につながるんだなって」
大連から引き上げたあと、紘子さんのお母さまは、戦後でモノも材料も少ない中、工夫を凝らして料理をつくり、親戚や友人たちに惜しみなくふるまっていたそう。

紘子さん:
「柿一つもみなさんで食べられるようにと刻んで和えものにしてお出ししてね。あるもので工夫して食卓を彩り、たっぷり惜しみなく、誰にでも分け隔てなくおもてなしをする。その姿勢は母から学びました」
ごはんを用意して、味方でいる

集まる人をもてなす紘子さんの姿を見るうちに、気づけば自然と料理の道へ進んでいたという友里さん。
友里さん:
「母はちゃちゃっと自分でつくってしまうので、一緒に料理をして教わったわけではなくて。人をもてなす食卓から生まれるつながり、そこにある喜びを体感しながら学んだんだと思います」
紘子さんは子育てをする中で、どんなことを大切にしてきたのでしょうか。
紘子さん:
「感情的に怒ることもなければ、褒めることもなかったわね。思い上がった人間になってほしくなくて『奢れるものは久しからず』『やってあげた“のに”はいけません』とよく言っていました。幸せになってほしいという願いがあって、私なりの愛情表現だったんです。これでよかったのかなとぐらつくこともありましたよ」
友里さん:
「母には母の正しさがあったので、格言は適度に聞き流して(笑)。せっかちで近道を示す母は、遠回りな私を心配することもあったみたいです。今でもそうかな。褒められることはなかったけど、絶対味方でいてくれると思っていた。踏み外しそうになるときに悲しませたくないと顔が浮かぶ存在です」

友里さん:
「それはなんでだろう。やっぱりおうちに帰ったらごはんがある、ごちそうじゃなくても何かあるっていうのが、受け入れられている気がしたのかも」
紘子さん:
「食卓には喜ばせたいって気持ちがあるし、その想いはちゃんと伝わるんですね。一生懸命言葉で伝えてきたけど、ただそれだけで愛情は伝わっていたのかな」
一緒に食卓を囲んで、わかち合えること

84歳になる紘子さんは今も、40年以上続くおもてなし教室をひらいています。年齢も肩書きも異なる人たちが一緒に台所で手を動かして、食卓を囲んでお互いの話をする豊かなひとときです。
友里さん:
「母は毎回新しい献立を考えて、みなさんの人生のいろんな話を聞いて。これはやめられないねって、続けられるまで続けるみたいです」
紘子さん:
「人生が楽しくってしょうがない。毎朝生まれたての気持ちでいますから」
友里さん:
「おめでたいねえ。新鮮な楽しい毎日が繰り返されていいよね」
家族に友人、ご縁のあった方々をもてなす食卓を、紘子さんがいちばん楽しんでいるのかもしれません。そしてその気持ちが食卓に集う人にも自然と伝播していくのでしょう。

今日は何をつくって食べよう。そう考えるとき、自然と一緒に食卓を囲む家族の顔が浮かびます。
ほぼ毎日のごはんを用意することは、家族を想うことにも通じている。なんでもないことに思えて、言葉にしなくても、大切に想い・想われている──その気持ちのわかち合いが、ままならない家族の日々を支えているのかもしれません。
食卓には家族の物語があり、降り積もる思い出がいつか、心を温め励ましてくれることもあるでしょう。
誰かとともに生活をすることは、一筋縄にはいかないけれど。おうちに帰ったらごはんがある。それだけの安心を手渡していきたいです。かぞくの食卓で、これからも。


コンロに置いた網あるいは魚焼きグリルに、傘を下に椎茸を丸ごと乗せて、傘の内側に塩をぱらりとふりかけ、火にかける。水分が出てきたら引き上げ、傘を上にして、炊きたてのごはんに乗せる。茶碗の蓋あるいは小皿を乗せて少し蒸らす。蓋を開けて湯気とともに香りを楽しむ。醤油を一滴たらしても◎軸はもぎとり割いてごはんにのせても美味しい。
紘子さん:
「シンプルだけれど、私は椎茸をいちばん美味しく味わえる食べ方だと思っています。蓋付きのお茶碗は持っていない方が多いと思うので、小皿を乗せてもいいですよ。蓋付きのお茶碗は蓋を小皿としても使えるのでおすすめです」
photo:井手勇貴
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野村紘子・友里
ともに料理家。紘子さんは料理上手の母からおもてなしを学び、40年以上にわたって料理教室を開催。著書に『受け継ぎたいレセピ』(誠文堂新光社)など。友里さんは料理を通して「生きること」への眼差しを伝える〈eatrip〉主宰。東京・原宿で「restaurant eatrip」を営んだのち、祐天寺に「babajijihouse」をオープン。表参道で「eatrip soil」を営む。著書に『とびきりおいしいおうちごはん』『とびきりおいしいおうちおやつ』(小学館)など。
Instagram:@eatripjournal