【週末エッセイ|つまずきデイズ】トホホ……な失敗から、時を経て気づいた「失いかけたもの」の大切さ。
文筆家 大平一枝
第三話:最近失いかけているものって?
店で注意を受ける
最近、二度飲食店で「声をもう少し抑えてください」と注意された。和食屋さんとバーだった。なんとも情けない話である。興奮すると声が大きくなる。お酒を飲むとなおさらだ。
二年ほど前も、仕事仲間と飲んでいて、「大平さん、なにもそんな大きな声でいわなくても……」とおもむろに顔を背けられたことがある。声をひそめて話さねばいけない相談ごとだったのに、あまりにデリカシーがなさ過ぎた。彼はとても哀しそうな顔をして、「帰りましょう」と席を立った。今思い出すだけでも穴があったら入りたい。消えないしこりになっている。
きのう、電車に乗っていたら、隣の中年のご夫婦が話しているのが聞こえた。どうやら旅行中のようで、次はどこへ行くか大きな声で相談をしている。
隣にいた夫に聞いた。
「私もあんな感じ?」
「せやなぁ。どっちかといえばそうかな」
元々小さな方ではないが、どうも歳を重ねるごとに話し声が大きくなっている気がしてならない。ママ友同士で集まると、二時間ほどで声が枯れていることもある。耳が遠くなって自分の声がきこえにくくなっているのだろうか。それとも、ずばり羞恥心が消えかけているのか。このくらい大丈夫、周りもがまんしてくれるだろうという甘えの度合いは日に日に強まっている気がする。
少し長く生きると、つい物言わぬ優しい世の中に対して横柄になっていきがちだ。しばしば世間は冷たいとかドライとか形容されるが、はた迷惑な声で話している人間に、結局誰も注意はしない。許せる範疇だからということもあるし、そんなことで事を荒立てたくない大人の配慮もある。そういう気遣いに気づかなくなっていくことが、大きな話し声に何度も注意される最大の要因かもしれない。
声にもつつしみを
自分でときどき思うが、地声に品がなくなってきている。話し言葉には多少なりとも気を使うが、声色までは気に留めない。一緒に暮らす家族はこの声をどう思っているだろう。子どもを叱るときや、夫に文句を言うときはとくに声色が変わる。優しい声で話すときとどっちが多いだろう。
ここで私は気づいた。自分に必要なのは、“小さなつつしみ”ではあるまいか。親しき仲にも必要なもの。
声の大きさだけではない。装い、話す事柄、食べ方、笑い方、立ち居振る舞い……。いろんな場面で、私が最近失いかけているものだ。
たんに声が大きかったから、前述の仕事相手は哀しそうな顔をしたのではないのだな。つつしみのない姿勢にがっかりしたのだな、と二年前のことを思い出した。
でも、歳を重ねることは悪くない。だって今、こう気づけたのだから。少し前の私にはわからなかったかもしれない人生の謎。ひとつ解けただけでもよしとしよう。よし今度こそ、人の相談事には声を潜め静かに優しく相づちを打とうと思っている。
【今週の1枚】
箱根湯本、玉簾の滝に行きました。水の音だけ。そこだけひんやり清廉な空気に包まれていました。万物に神が宿るという言葉が自然に信じられる空間でした。
作家 大平一枝
長野県生まれ。編集プロダクションを経て、1995年ライターとして独立。大量生産・大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに、女性誌、書籍を中心に各紙に執筆。『天然生活』『暮しの手帖別冊 暮らしのヒント集』等。近著に『東京の台所』(平凡社)、『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)などがある。
プライベートでは長男(21歳)と長女(16歳)の、ふたりの子を持つ母。
▼大平さんの週末エッセイvol.1
「新米母は各駅停車で、だんだん本物の母になっていく。」
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