【ふたりのチームワーク】パン屋「粉花」前編:モヤモヤの先に見つけた、自分の人生を生きるための仕事
ライター 鈴木雅矩
一人と一人が合わさると「ふたり」になります。「ふたり」は一番小さなチームの形です。
私たちは、おそらくひとりでは生きていけません。生きていけたとしてもそれは味気ないものかもしれない。
ときにはぶつかることもあるけれど、「この人が隣にいてくれてよかった」と思うこともたくさんあります。
この連載は様々な「ふたり」にお話を聞き、心地よい暮らしや仕事をつくるためのヒントをお届けします。
今回は、自家製酵母のパン屋「粉花(このはな)」を営むご姉妹、藤岡真由美(ふじおかまゆみ)さんと藤岡恵(ふじおかめぐみ)さんにご登場いただきました。
姉妹が地元・浅草で開いた、小さな小さなパン屋さん
▲お姉さんの藤岡真由美さん(左)、妹の藤岡恵さん(右)
おふたりが営む「粉花」は、東京・浅草の浅草寺の裏手、住宅街にあります。
毎日観光客で賑わうエリアですが、お店がある観音裏と呼ばれる一角は地元の人が暮らす、とても静かな下町です。真由美さんと恵さんは、姉妹としてここで生まれ育ちました。
お店に入ると小麦と酵母の甘いにおいがふわり。奥にパン工房が見える10坪ほどの小さなお店には、アンティークの棚や机が並んでいました。
現在おふたりはここで、週4日お店を開いています。
棚に並ぶのは、ベーグルやカンパーニュなど、20種類ほどのパン。レーズンと水でつくる自家製酵母を使い、焼き上がった時のふんわり甘い香りが特徴です。
お邪魔したときはオープン直後で、真由美さんはベーグルの仕込みに、恵さんは接客に忙しそうでした。
直感的な姉と、冷静な妹。違う性格だから助け合える
お店の役割分担は、お姉さんの真由美さんがパンを焼き、妹の恵さんが接客担当。午後にはカフェスペースを開くこともあり、紅茶やコーヒーを淹れるのも恵さんの担当です。
恵さん:
「パンを焼くのは真由美さんの役割ですが、午前中は私もパンづくりを手伝います。
真由美さんが朝7時くらいからお店に来て仕込みをして、私がお客さんとお話しして。
パン屋って、朝早くから仕込んでお店を開けるので、体力的に大変なところもあります。でも、私たちは自分たちの出来る範囲で、力まずに休みながらやってきたから9年続けられたのかも」
▲接客中の恵さん
そう話す恵さんがどのような人かを姉の真由美さんに聞くと、「すごく冷静で、ひとつのことにコツコツ集中して物事を進められる人。文化的で、好きな音楽や本は恵さんに教えてもらうことも多いんです」と紹介してくれました。
▲ベーグルの仕込みをする真由美さん
一方の真由美さんは、恵さんいわく「私と違って、直感的で社交的。お休みのときは外に出たり、友達のお店に行くことも多いんです。ふわっとしているように見えて、わりと理詰めで動く、芯がしっかりした人」だと言います。
おふたりとも優しく、人に安心感を与える雰囲気をお持ちですが、その内面は直感的な姉と、冷静な妹。
だからこそ、お互いの足りないところを補い合って、仕事のなかで助け合っていけるのでしょう。
長女気質を手放そうと決心した、33歳の転機
おふたりのチームができあがるきっかけをつくったのは、「私、パン屋さんをやる」とご家族の前で話した真由美さんでした。
大きな決断のようにも思えますが、その背景には幼い頃から抱えていたモヤモヤがあったと言います。
真由美さん:
「私は長女気質と言いますか、小さな時から『しっかりしなくちゃ』と周りを気にしながら生きていました。
そのせいか自負心が強くなって、『私はもっとできるはず』と自分を責めることも多かった。
思うようにならない状況から、世の中を斜めに見たり。『一体私は、何を目的に生きているんだろう』と思ったり。
大人になって、結婚して、経済的にも安定していて、周りから見ると幸せな暮らしだったと思います。でも、常にしっくりこないなぁと感じていたんです。
ずっとぬるま湯に浸かっているような状態だったのですが、ある日ふと『もう周りの目を気にするのはやめよう。本気で生きよう』と決めました。それが33歳のときのことです」
真由美さんは、「そこに、大きなきっかけがあったわけではないんです」と言います。
コップに水滴をひと雫ずつ注いでいくと、ある時に溢れ出します。この心境の変化も、ずっと感じてきたモヤモヤが積もり積もって、溢れた結果なのかもしれません。
それから、真由美さんは少しずつ、これまでとは違う暮らし方や働き方を選んでいきます。誰かのためではなく、自分の人生を生きるために。
パンづくりは「好き」というより「自然と続けられること」
自分の心に素直になろうと決めた真由美さん。ご主人とは別々の道を歩むことを決めます。
真由美さん:
「自家製酵母のパンづくりを教えてくれたのは恵さんです。パンは結婚していた時から焼きはじめて、当時は時間があったので、ひとり黙々と作り続けてきました。
その当時実をいうと私はパン自体にはあまり興味がなくて、酵母と小麦が合わさって、ふくらんでいく工程を見るのがすごく好きなんですね。
水と粉の配合や、使う素材を変えることで香りや食感が変わるのが、理科の実験のように面白くて。今でもパンが焼けたら、割って匂いを確かめるのが楽しみです。
それが好きで、ずーっと焼いていたら、自分では焼いても食べきれなくて、それで親戚や友人にパンをあげることが多かったんです」
そんなある日、整体院の先生から「パン教室を開かない?」と声がかかりました。
真由美さん:
「最初は、無理無理!と思っていたんです。誰かからパン作りを学んだわけじゃないし、お断りしようと。でも先生に後押しされて教室を開いてみたら、すごく楽しくて。
生地を作ってオーブンに入れて、パンが焼き上がる。まだ湯気が立つそれを見た生徒さんが、目を輝かせて『すご〜い!』と喜んでくれました。
その時に『毎日パンをつくっていたい』と思ったんです」
ひとりで黙々と続けたパンづくりが、誰かに喜んでもらえる。そう気がついた真由美さんは、初めてパン教室を開いたその日の夜に「わたし、パン屋さんをやる!」とご家族に報告していたそうです。
「これじゃない」と思い続けた仕事を離れ、真由美さんとつくった粉花
そのときの恵さんの答えは「私も一緒にやる」でした。どのような気持ちで、その言葉を返したのでしょうか?
恵さん:
「私は7年間ドラッグストアで薬剤師を続けていたんですが、ずっと『これじゃない』と思い続けて別の道を模索していたんです。
『これじゃない』と思っていたのは、ドラッグストアで商品を販売することと、自分のイメージする『人々の健康』が結びつかなくなっていたから。
その違和感がずっと自分の中に溜まっていたんだと思います。
だから、真由美さんの話を聞いた時にそれっていいなと思って『私もやりたい』と手を挙げたんです」
その一方で「大学まで出て薬剤師になったのにもったいない」「なかなかなれない職業なのに」と自問自答をしました。
しかし、違和感を抱えたまま働き続けたくないという思いが強かったと、当時の決心を振り返ります。
お客さんと距離が近く、反響がすぐに見られるパン屋という仕事に惹かれたことも、真由美さんと共に粉花を開く理由になりました。
ふたりがお店を始めると決めてから、ことはトントン拍子で進みました。友人の紹介で物件が見つかり、知人の内装業者さんが手伝ってくれることが決まり、粉花ができあがります。
▲開店当初の粉花の店内。この頃はまだ物は少なかったといいます。
粉花はオープンしてから早いもので、もう9年目です。
姉妹ともに長らく「これでいいのかな?」と悩み続けた後に見つけた、人に喜んでもらい、自分も自然に続けていける、パン屋という役割。
おふたりとも、今の仕事ができていることがとても幸せだと言います。
後編では、お店を続けるための秘訣や、おふたりの関係性の変化についてお聞きします。
(つづく)
浅草 粉花
住所:台東区浅草3-25-6-1F
電話:03-3874-7302
営業時間:パンの販売は10:30から。売り切れ次第、終了することがあります。
定休日:日・月・火・祝
【写真】鈴木智哉
藤岡真由美、恵
浅草観音裏で小さなパン屋「粉花(このはな)」を営む。姉の真由美さんがパンを焼き、妹の恵さんが接客やコーヒーなどを担当。自家製でレーズンを使って酵母をおこし、北海道産の粉と合わせて焼いたパンは、地元の人をはじめ遠方から足を運ぶ人がいるほど愛される。http://asakusakonohana.com/index.html
ライター 鈴木雅矩
1986年生まれ。日本大学芸術学部を卒業後、自転車日本一周やユーラシア大陸輪行旅行に出かける。帰国後はライター・編集者として活動中。自転車屋、BBQインストラクターの経歴があり、興味を持ったものには何でも首をつっこむ性分。おいしい料理とビールをこよなく愛す。
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