【木曜日になったら、純喫茶】ジャンボプリンと名物マスターが待つ、縁結びの純喫茶。
難波里奈
月1でおすすめの喫茶店をご紹介する連載「木曜日になったら、純喫茶」 第2回をお届けします。
新生活の波も一段落した5月。自分と向き合う余裕ができる一方、モヤモヤとした悩みが出てくるこの時期は 「五月病」 という言葉もささやかれます。
どこか不安定な気持ちになったとき、隣で話を聞いてくれる人の存在はありがたいもの。
家族や恋人、友人など近しい存在に気持ちを打ち明けるのも良いですが、時には一定の距離感がある方が正直な気持ちになれることもありますよね。
そんな時、私がよく訪れるのはこんな喫茶店です。
ジャンボプリンと名物マスターが待つ
心ほぐれる純喫茶へ
場所は虎ノ門。駅から少し離れた静かな路地に、純喫茶 『ヘッケルン』 は佇んでいます。
ひさしに大きく書かれた 「コーヒーとプリン」 の文字が目印。扉に手をかけると、「いらっしゃい!」。威勢の良い声に迎えられ、楽しい喫茶時間がスタートです。
マスターの名前は森さん。
持ち前の明るいキャラクターには老若男女問わずファンが多く、人気のジャンボプリンはもちろん、マスターを目的に訪れる常連客がほとんど。
そんな森さんには、様々なエピソードがあります。
ある日のこと。地方から就職活動のため上京した女子大生が店にやってきました。
でもその顔は、どことなく元気がありません。
その様子を気にかけた森さん。彼女がぽつりぽつりと心の内をこぼすまで、やさしく声をかけつづけました。するとその場に居合わせたお客さんたちも、一緒になってあたたかい言葉をかけはじめます。
あっという間に2時間が経った頃、女子大生の顔にはふたたび笑顔が。
「マスター、また必ず来ます」
その言葉を残してお店を後にした彼女は、 きっと今まで以上に素敵な笑顔でがんばっていることでしょう。
「常連というのは、毎日来る人たちだけを指すわけじゃない。たとえ1年に1度でも、わざわざこの店を目指して来てくれる人はみんな常連なんだ。俺は、パソコンは打てないけれど心のパソコンは打てる。ここで一度でも気持ちを込めて話した人のことは、全部覚えているよ」
森さんの声はハツラツとしています。
でも森さんは、どうしていつも元気でいられるのでしょう。人生の先輩に秘訣を尋ねてみました。
「まず気持ちが元気でいること。悪いこと、過去のことは考えても仕方がない。俺の幼い頃は、食べるものさえなくて本当に苦しかった。でも苦しかったことはもう過去の出来事。過去のことばかり考えていても前進はない。
言葉は生きているんだ。だから声に出していると、良いことも悪いこともそのようになってしまうからね。気をつけなくちゃいけないよ」
働きものの森さんが作る、店自慢のジャンボプリン。
その舌触りは、なめらかな肌のよう。卵の味がぎゅっと濃縮されて、つやつやなカラメルも絶品です。
「何でも飾り付ければ良いわけでもない。シンプルなままが一番美しいことも、たくさんあるんだよ。
だから、うちのプリンにはクリームや果物はのせない。タマゴの味をじっくり味わってもらって 『昔母親に作ってもらった懐かしい味がする』 と言ってもらえると嬉しいねえ」
そんな 『ヘッケルン』 は一部の人たちから 「縁結びの純喫茶」 とも呼ばれていて、ここで初めて会った人たちが森さんの引合せにより親しくなり、今までに11組もの方々が結婚したというエピソードも。
最近もお見合いが上手くいき、結婚を間近に控えたカップルが誕生したそうです。
居合わせた人たちを自然な会話で繋ぎ、誰にでも変わらず接する森さん。モットーは 「にこにこ笑顔でいて、裏表がなければ人はついてくる」 だそう。
そんな森さんとの会話には、胸の内を率直に口に出すことができるような、不思議な力があります。
いつもなら隠してしまう本当の気持ちに素直になったとき、新しい友達、もしくは運命の人なんていうものまで引き寄せることがあるのかもしれませんね。
木曜日、『ヘッケルン』 へおいしいプリンと楽しいマスターを訪ねてみませんか?
ヘッケルン
住所:東京都港区西新橋1-20-11 安藤ビル1S
TEL:03-3580-5661
営業時間:[月~金]8:00~19:00
[土]8:00~17:00
定休日:日曜日・祝日・第二土曜日
5月に行きたい純喫茶、こんなところもおすすめ。
松本 珈琲茶房かめのや
老舗洋菓子店でタヌキケーキを
珈琲茶房かめのや
住所:長野県松本市大手4-7-22
TEL:0263-31-6597
定休日:水曜日
新宿三丁目 カフェアルル
2匹の正社員猫がお出迎え
カフェアルル
住所:東京都新宿区新宿5-10-8 1F
TEL:03-3356-0003
定休日:正月
【写真】岩田貴樹(最後2枚をのぞく)
もくじ
難波里奈
東京喫茶店研究所二代目所長。東京生まれ。会社勤めを続けながら仕事帰りや休日を利用して足を運んできた喫茶店の数は、なんと1700軒以上。ブログ
「純喫茶 コレクション」 をはじめ、著書 『純喫茶へ、1000軒』 (アスペクト)、『純喫茶、あの味』 (イースト・プレス) を通じて喫茶店の魅力を伝えている。他にテレビや雑誌などで幅広く活躍中。http://retrocoffee.blog15.fc2.com/
▽難波さんの著書はこちら
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