【あの人の家へ】第2話:「便利なものは採用」へ。年を重ねて変わった、キッチンの考え方

ライター 大野麻里

憧れの “あの人” のお宅を訪問し、生き方と住まいについて話を伺う特集「あの人の家へ」。

今回は、1970〜80年代にアンティークバイヤーとして活躍し、現在はギャラリー「DEE’S HALL」のオーナーをしている土器典美さんのお宅を訪ねました。全4話でお届けしています。

2話では、土器さんが「家のなかで一番好きな場所」と話す、キッチンをテーマに話を伺います。

 

イメージは実験室のようなキッチン。誰もが使いやすい工夫とは?

今回、土器さんのお宅にお邪魔して、意外だったのがキッチンでした。

過去に多くの著書やエッセイで紹介されていた、アンティークのキッチン雑貨が似合うナチュラルスタイルのキッチンとは、印象がずいぶん変わっていたからです。

▲著書『だからキッチンが好きなんだ』(2003年発行、現在販売なし)に掲載されている、以前のL字型キッチン。レンジフードはブリキのバケツで作られていた。

白とステンレスを基調にした、清潔感のあるモダンなシステムキッチン。凛としたその佇まいは、リビングのアンティーク家具との対比が美しく、存在感があります。

土器さん:
「この2階を、人が泊まれるゲストルームにしようと思ってリノベーションしました。私のプライベートスペースは3階なんだけど、このキッチンだけは共有。私もここを毎日使っています」

キッチンは、実験室みたいな空間をイメージして建築家に依頼。シンプルで機能的なシステムキッチンを採用したのには、理由がありました。

土器さん:
「前のキッチンは私しか使えないというか、どこに何が入っているかわかりづらかったから。泊まっている人も、私も、誰でも使えるようなキッチンにしたかったんです。

それにはシンプルなのが、いいだろうと思って。何人かいても動けるように、スペースは広くとりました」

新しいキッチンは、長期滞在のゲストも使いやすいように、カテゴリー別に引き出しに収納。作業できる大きなアイランドカウンターを備え、大人数でも動きやすいよう、回遊できる配置にしています。

土器さん:
「引き出しの配分は、私が考えました。ここにはスパイス、ここには調味料、キッチンツールにクロス類……というのをひとつひとつ動線に合わせて場所を考えて。幅が何cmか全部、測ってね」

シンク側のキッチンの高さをやや高めの90cmにしているのは、自宅でも靴履きスタイルの土器さんならでは。「靴を履いたときの身長で考えたのよ」と笑いながら教えてくれました。

 

「便利なものは採用」へ。年を重ねて生まれた心の変化

前述の著書のなかで、印象的だったのが「キッチンに便利さは求めない。少しくらいの不便さはいい」という考え方。あれから16年が経ちましたが、現在はどうでしょうか?

土器さん:
「それは変わりましたね(笑)。若いころは便利さよりも、デザインとか見た目が好きとか、そういうほうが楽しかった。けど、年齢を重ねていくうちに機能も優先するように。

システムキッチンはこれが初めて。引き出しがひゅーって閉まって、使いやすいですよ。お手入れもしやすいし。あと、入れてよかったのが食洗機。若いころの私なら絶対に買わなかったと思うけど、すごく便利に使っています。

昔は、家電や道具が増えるのがいやでね。『機能的で便利なもの』より、『面倒だけど簡素なもの』が好きでした。でも、それはやっぱり年をとってきて、体力がなくなってきたとかもあるのかも。便利なほうが使いやすいと感じています」

▲柱と柱のあいだに設けて扉をつけた、土器さん考案の「ウォークイン食器棚」。棚の奥行きを浅くしたことで詰め込むのを防ぎ、全体が見渡せるため使い勝手は◎

年齢を重ねて感じる心の変化に、「ものを減らしたい」という気持ちも生まれたと話します。

土器さん:
「料理することが好きなので、以前は毎日のように誰かが遊びに来たり、ごはんを作ってもてなしたりしていました。器もたくさん持っていましたね。だんだん体力や気力が落ちてきて、人がいつもいる状態というのはちょっと疲れてきちゃって。そうなると大きい器や重い器はもういらないかな、と」

土器さん:
「1階のギャラリーでフリマをやったり、友達でほしいという人にあげたり、ものを循環させるようにしています。だから、アンティークのキッチン道具もいまはもう、うちにほとんどないの。年齢を重ねると、減らしておかないと後がたいへんだぞって自分に言い聞かせてるんです」

「片付けは苦手なのよ」と土器さんは笑いましたが、キッチンに無造作に置かれたものはどこを切り取っても絵になります。

本当は「ビシッと何も出ていないくらいきれいにしたい」そうですが、完全にしまいこんだピカピカの状態よりも、このほどよい生活感があるのが、初めて訪れた私たちの緊張も和らげてくれて、なんとも心地いいキッチンだと感じました。

第3話では、家づくりと、生活環境の変化で行ったリノベーションについてお話を聞きます。

 

(つづく)

【写真】有賀 傑


もくじ

土器典美

東京・南青山にあるギャラリー「DEE’S HALL」オーナー。ロンドンでアンティークバイヤーとして活動したのち、1980年にアンティーク雑貨店「DEE’S ANTIQUE」を開き、雑貨ブームの先駆けとなる。2001年に現ギャラリーをオープン。料理やライフスタイル、海外旅行などのエッセイや写真をまとめた著書も多数。

ライター 大野麻里

編集者、ライター。美術大学卒業後、出版社勤務を経て2006年よりフリーランス。雑誌や書籍、広告、ウェブなどで企画・編集・執筆を手がける。ジャンルは住まいやインテリア、ライフスタイルなどの暮らしまわり、旅行、デザイン関係などが中心。


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