【訪ねたい部屋】第4話:住まいを変えて、動き出した。家が暮らしの中心になって思うこと
ライター 大野麻里
お宅を訪問し、インテリアを拝見しながら「その人らしさ」を紐解く特集「訪ねたい部屋」を全4話でお届けしています。
今回お邪魔したのは、鎌倉山で古民家をリノベーションして暮らす、塙麻衣子(はなわまいこ)さんのご自宅。
最終話の4話では、移住して5年目になるからこそ感じる、塙さんの率直な気持ちを聞きました。母として、働く女性として。暮らし方と住まいは、どんなときでも密接に関係がありそうです。
何度も立ち止まったことで見えた、移住までの道
「造園屋で修行していなければ今の家には住んでいなかったし、今の仕事もしていなかった。私は何をしていたんでしょうね」
インタビュー中、塙さんのこんな言葉が印象的でした。
ほんの数年前まで、会社員として働いていた塙さん。往復2時間の通勤電車に揺られ、仕事と子育ての両立に悩み、自分のなかで消化しきれない気持ちを抱えて日々を過ごしていました。
移住して、のんびりした暮らしを。
誰もが一度は、そんな生き方に憧れたことがあるかもしれません。けれども家族一人ひとりに事情があり、全員そろって生活の拠点を移すというのはなかなか難しいこと。
「一歩踏み出す勇気がすごいですね」と話しかけると、塙さんからは「いえいえ、それくらい切羽詰まっていたんです」と意外な回答が。それは、これまでの経歴に理由がありました。
塙さん:
「大学を卒業して、イデー退社後は、デベロッパーに就職しました。そこでは内装や設計をして、大きな仕事を任されるように。その時期に第一子を妊娠したのですが、喜ぶ一方、それまで頑張ったキャリアが崩れることに不安を感じました。
いまなら、たいしたキャリアじゃないのにって言えますけど、当時はそう感じて必死だったんですよね」
産休明けからまた頑張ろう。気持ち新たに職場に復帰するタイミングで、リーマンショックが起きて会社が倒産。通勤しやすい場所にマンションを購入したはずが、一度も通うことはありませんでした。
その後、勤めた設計事務所でも、子育て中の勤務時間体制で、思い描いていたようには働けない日々。仕事は人の手伝いが中心で、「こんなはずじゃなかった……」と悩む日が続いたといいます。
2人目の妊娠を機に、設計事務所を退社。このタイミングで人生を立ち止まり、造園業の門を叩くことに決めました。
塙さん:
「いままでやってきたことをゼロに戻すには、体力的にもぎりぎりの年齢かなぁ、と。32歳でも遅いかもしれないけれど、まだいけるんじゃないかと思って別業種の道を考えました。
専門的な仕事で、ものづくりがしたい。そう考えていたら、近所の造園屋で働く人々の姿が目に留まって。ここだと思って飛び込んだんです」
人生を楽しむために、どう生きていけばいいか? 働く女性として、母親として、塙さんが考え抜いて出した答えでした。
この家に出会ったことで考えた「しあわせ家族プロジェクト」
庭師として働いて4年半が経った2014年。鎌倉山のこの家に出会ったことで、塙さんの仕事にも変化がありました。
塙さん:
「この物件を内見したとき、ここに移り住むには自分たちが納得できるような意味付けをしないと走り出せないと思いました。
“私が家にいて、何かものづくりをしながら子どもたちと一緒に豊かに暮らせる”。そういう仕事があればいいね、というのが家族のテーマでした。これがわが家の『しあわせ家族プロジェクト』です(笑)。
夫の発案で、植物にまつわるブランドをつくることになり、この家に引っ越してくると同時にブランドを立ち上げました」
そのブランドこそが、今の塙さんの活動の中心であるボタニカルブランド「The Landscapers」。この小さなアトリエで、家庭内手工業のような小規模なビジネスをスタートさせました。
▲庭に建てたアトリエの内部。気持ちよく作業できるよう窓の位置にはこだわったそう
塙さん:
「この山を拠点にストーリーをつくろう。そのために自宅の庭にアトリエを建て、ここをものづくりの拠点にしたんです」
家との出会いが、時に人生を変えることもある?
▲自宅の近くに魅力的な物件を見つけ、2016年オープンした「AROUND」。三角屋根のレトロな建物は、数年前まで鎌倉山の有名なベーカリーだった
▲店では、エアプランツとプロダクトをセットにした「The Landscapers」の商品をおもに扱う
塙さん:
「ブランドを立ち上げてすぐは激務の日々で、“しあわせ家族” どころか、私が自宅でずーっと仕事をしている状態になってしまいました。
その後、夫も会社を辞めて経営に入ってくれたので、最近ようやく少し余裕ができたかな。ちょっとだけ “鎌倉山でのんびりライフ” を実感できるようになりました(笑)。家族そろって3食ごはんを食べたり、休日は友人家族を招いて庭でバーベキューをしたり、家族の暮らしの中心が家になったと感じます」
▲リビングの柱には、子どもたちの成長の記録が刻まれている
塙さん:
「若いころは気を張って都内に住んでいたけれど、少しずつ郊外に離れていって、ここまでたどりつきました。もともと地方で育ったせいかマンション暮らしは何となく仮住まいな気持ちもあったので、鎌倉山には来るべくして来たのかなと思います。
子どもたちもいまはこの環境のよさがわからないかもしれないけど、大人になったときに故郷が好きだと思ってくれたらいいですね」
インテリアの話をしているはずが、気づけば塙さんの半生を振り返る取材となっていました。生き方は、その人の部屋に表れる。つくづく、そう感じます。
“環境や年齢を理由に、あきらめてしまうのはもったいない”。塙さんを見ていると、そんなメッセージを受け取った気持ちになりました。
この家に出会ったことも、庭師の仕事を始めたのも、偶然の重なり。けれども、人生につまづいたときに、塙さんが決断することをこわがらなかったことが、いまの暮らしにつながっているのだと思います。
自分がこれからどんな生活をしたいのか? 一度立ち止まってそれに向き合うことで、今後の住まいのあり方は必然的に見えてくるのかもしれません。
(おわり)
【写真】ニシウラエイコ
もくじ
塙麻衣子
インテリア会社「イデー」にて施工部に在籍。退社後、デベロッパーと設計事務所を経て、庭師に弟子入り。2014年、鎌倉山への移住を機に、植物とプロダクトを組み合わせたボタニカルブランド「The Landscapers」を立ち上げる。2016年には旗艦店「AROUND」をオープン。現在は、店舗や個人住宅のガーデニングやグリーンコーディネートも手がける。夫と二人の子どもと4人暮らし。
ライター 大野麻里
編集者、ライター。美術大学卒業後、出版社勤務を経て2006年よりフリーランス。雑誌や書籍、広告、ウェブなどで企画・編集・執筆を手がける。ジャンルは住まいやインテリア、ライフスタイルなどの暮らしまわり、旅行、デザイン関係などが中心。
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