【わたしの中の寂しさ】孤独な夜を満たす、短編小説があります。
商品プランナー 斉木
ある日突然、「さみしさ」に捕まえられることがあります。これといった理由はないのに、一度芽生えてしまったさみしさが膨らんでいくのを止められない。
普段だったら流し見る、友人のSNS上でのお出かけ記録に手がとまり、自分が独りでいることが妙に心に染みたり。家族や友人、たいせつに思う人はいるけれど、その気持ちがどうしようもない一方通行に感じたり。
そんな感情にはいつも硬く蓋をして、ひとから見えないようにしてきました。いい大人なんだから、「さみしい」なんて、子どもみたいなことを言っていてはいけないと思ったのです。
▲江國香織著『江國香織童話集』理論社
江國香織さんの本の中の登場人物は、そんな私にとって、唯一その気持ちを分け合える、同志のような存在でした。彼らは、いつもさみしさと隣り合わせに生きているように見えたからです。
たとえば眠れない夜、江國さんの本を開いて読み進めていると、見ないふりをしてきたさみしさの蓋を開けて、中を覗き込みたくなってくる。そして、その気持ちを認めたうえで、できることなら一緒に進みたいという気持ちになってくるのです。
大人は、どんなふうにさみしさと向き合ったらいいんだろう。今回の特集では、江國さんの著書をめくりながら、そんなことに思いを巡らせてみようと思います。
はじめにご紹介するのは、ある女の子の一夜を描いたみじかい小説です。
「孤独がおしよせるのは、街灯がまるくあかりをおとす夜のホームに降りた瞬間だったりする。
0.1秒だか0.01秒だか、ともかくホームに片足がついたそのせつな、何かの気配がよぎり、私は、あっ、と思う。
あっ、と思った時にはすでに遅く、私は孤独の手のひらにすっぽりと包まれているのだ」( p.265)
「三ヶ月に一度くらい、そういう夜がやってくる。
会社でトラブルがあったわけでも、恋人とぎくしゃくしているわけでもないのに、それは本当に唐突に降って湧くのだ。
こっちがすっかり忘れていても、ちゃんと律儀に降って湧く」(p.265)
駅のホームでさみしさに捕まった女の子は、アパートに帰り、どうにか孤独を紛らわそうとします。ゴロゴロ転がってみたり、手当たり次第に友達に電話をかけてみたり、紙パックに直接口をつけて牛乳を飲んでみたり。
でも、「孤独は一グラムだって減りやしない」(p.266)
彼女には友達も、恋人も、両親だっているけれど、彼らに会おうとはしません。むしろ、会ってしまえばもっとこの孤独は濃く、深いものになるとわかっているから。
両親も恋人も、十分に自分を愛してくれている。信頼もしている。それなのに、一人の方がまだましだ、なんて思う。私がもっと素直で優しい “いい子” だったなら、こんなふうに感じることはなかったのか……。
自己嫌悪のループにはまりそうになるなか、それを断ち切るように、彼女は台所に立ちます。
「こういう夜は、ねぎを刻むことにしている。こまかく、こまかく、ほんとうにこまかく。
そうすれば、いくら泣いても自分を見失わずにすむのだ。
ねぎの色、ねぎの形、ねぎの匂い。指先にしんなりするねぎの肌の感触。(中略)
目の前が浅い緑色ににじむ。私は泣きながらねぎを刻む」(p.268)
「ごはんのスイッチをいれてねぎを刻み、おみそしるを作ってねぎを刻み、おとうふを切ってまたねぎを刻む。
一心不乱に、まるでお祈りか何かのように」(p.268-269)
「山のように刻んだねぎをおみそしるにどっさり入れて、冷ややっこにもどっさりかける。
あしたになったらすっきりした顔で、何ごともなかったみたいに会社に行ってみせる。
大きく深呼吸をして、私は泣きやんでからごはんを食べる」(p.269)
ひとりきりのアパートで孤独を煮詰めていた彼女の、脈絡のない、でも勇ましくも見える行動。そして、最後に綴られるこの言葉に、私はいつだって励まされるのです。
「小さな食卓をととのえながら、私の孤独は私だけのものだ、と思った」(p.269)
お茶碗にごはんをよそって、みそ汁を飲めば、からだは勝手に温まります。お腹の芯があったかくなる、そんなフィジカルな反応が、感情に呑まれそうになる私を圧倒的なちからで現実世界に引き戻す。私は、私を温めることができるのです。
孤独に捕まり自分を見失いそうになる夜がくるのは、三ヶ月後かもしれないし、今日の夜かもしれません。でも、自分のために台所に立てるうちは、きっと大丈夫。
空腹を満たすことができるのが私だけであるように、このさみしさを理解し、認め、許すことができるのも、また私だけ。物語の中の彼女が、そう言ってくれているような気がしたのです。
(つづく)
▼短編小説「ねぎを刻む」は以下の著作に収録されています。
【写真】安川結子
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