【57577の宝箱】あたらしい音楽の波に呑み込まれ 洗われ出でるやわらかな肌
文筆家 土門蘭
音楽が好きで、毎日聴いている。
一旦ハマるとずっと同じものを聴いてしまう方なのだけど、今年の春頃はそれがひどくなって、3か月以上同じミュージシャンの曲を聴いていた。もちろん彼女の作る曲が大好きだからなのだけど、その頃は他の曲を聴く気力がなかった。自分の中にちがう音やリズムが伝わってくるのが、しんどかったのだ。
スマートフォンを取り出し、愛用しているApple Musicのアプリを開く。
ここには無数の曲が収録されており、どれを選んで聴いてもいい。登録当初は「いろんな音楽に出会える!」と大喜びしていたのだけど、使っているうち、自分の「出会い」にたいするモチベーションに波があることに気がついた。
元気なときは、これまで聴いたことのない新しい音楽をどんどん聴こうとする。
だけど元気じゃないときは、昔から馴染みのある同じ音楽を、繰り返し繰り返し聴く。
この春は、完全に後者だった。
元気がないと、新しい刺激に耐えられない。変化はどんなものでもストレスだから、慣れ親しんだ同じ音楽ばかり聴いて、ぬるま湯に癒されるように浸かっていた。
特に何があったわけでもないのだけど、なんだか身体がしんどいし、やる気も出ない。食べたいものも欲しいものも思いつかないし、楽しいとかおもしろいとかもあまり感じない。音楽だけでなく、生活の大半を毎日同じように過ごしていた。新しくなにかに挑戦するのが面倒くさい、いらないダメージは受けたくない……そう思って、ずっと同じリズムを保っていた。
「なんか、つまんないなぁ」
ある日、そんな言葉が口をついて出た。ふとつぶやいた言葉だったけれど、これぞ真理だなと思った。
わたしはわたしがつまらなかった。元気が出ないのは、いつまでも同じリズムにくすぶっているわたしに、わたし自身が飽きていたからなのだ。
§
春が過ぎ、夏が来たころ。
前々から大好きなヒップホップミュージシャンが、新しいミニアルバムをリリースした。ちょうど抱えていた自分の仕事がひとつ落ち着いたときだったので、安堵の気持ちもあったのだろう。3か月ぶりにちがう音楽を聴いてみようという気持ちになり、彼のアルバムを再生した。
前情報を仕入れていないのでどんなふうなのか見当もつかない、今日リリースされたばかりのアルバム。その一曲目がスピーカーから鳴り響き、わたしの耳に届く。
思わず、「うわぁ」と声が出た。曲自体の素晴らしさはもちろんだけど、わたしは純粋な「新しさ」に感動していた。まるで新鮮な旬の果物にかぶりついているみたいな、瑞々しい至福感。みるみると自分のなかに栄養分が染み入って、細胞が若返るような。
アルバムを聴き終えると、自分が生き生きしているのがわかった。自分の中に、これまでなかったエネルギーが注入されている。「新しい」ということはそれだけで力なんだ、と身をもってわかった瞬間だった。元気だから出会うんじゃなく、出会うから元気になるんだな。
§
それから勢いづいて、いろんな音楽を聴き始めた。3か月間ずっと抜け出せなかったぬるま湯から這い出し、さまざまなリズムの海に飛び込んでいくと、どんどん好きな曲に出会い始める。停滞していた出会いの循環が再び巡り始め、それは新たなエネルギーとなって、わたしの中に新しいリズムを生み始めた。
なんだか嬉しくなって、SNSに「最近こんな素敵な曲と出会った」ということを投稿した。すると知人の女性から「私もその曲が好きなので、嬉しいです」というリプライが来た。音楽好きの彼女が「土門さんに聴いてほしい曲がどんどん出てきちゃいました」とおっしゃるので、お言葉に甘えてオススメの曲を教えていただくことにしたら、すぐにセレクトされた6曲のタイトルが送られてきた。全部聴いたことのない曲で、ワクワクした。
さっそくすべての曲を聴いたのだけど、どれもすごく素敵で興奮してしまった。
聞けば、わたしのイメージに合うものを選んでくださったのだという。そのお心遣いにも感動したし、自分が知っている世界なんて狭いなぁと感じた。教えていただいた曲から、さらに同じミュージシャンの別の曲にあたって聴き始める。ひとつの出会いは新たな出会いを呼び、無限に広がっていくようだった。
§
わたしは、新しいリズムの海にどぼんと飛び込み続けた。海ごとに波の大きさも違うし、色も味も、生息する生き物もちがう。そこで泳いだり潜ったりするわたしもまた、それぞれにちがうわたしなのだった。
「わたしって、こういう音楽も好きなんだ」
「こういうリズムだったら、こんなふうに身体が動くんだ」
出会いに刺激を受け、影響されるたびに、わたしが変わっていく。新しい音楽と出会うたび、新しいわたしとも出会っていった。
「新しいわたしは、もっとたくさんいるんだろうな」と思う。
まだ会ったことがないだけで、確実に自分の中に眠っている。その自分を目覚めさせるのは、いつだって他者との「出会い」なのだ。そして、そんな「出会い」はそこかしこに存在している。
さて、今日はどんな音楽に出会えるだろう。新しいリズムの海は、無限に広がっている。
私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。
1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。
1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。
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