【57577の宝箱】目を閉じてわたしがわたしと話す夜 半醒半睡の森の中で

文筆家 土門蘭

 

1日のうちで、眠りにつく時間がいちばん好きだ。
洗い立てのシーツに身をすべりこませる瞬間の気持ち良さや、そこで好きな本を読む時間の安堵感と言ったらない。そんな時間が1日の最後にあるというだけで、いろんなことを乗り越えられる気がする。

かと言って毎晩満足に眠れているのかというとそうでもなく、昔から眠りの浅い体質で、ちょっとしたことですぐに眠れなくなってしまうほうだ。特にここ数年はそれが顕著になっているので、不眠を和らげるハーブティーや漢方薬を飲んだり、眠る前にストレッチやマッサージをするなどしてなんとか眠っている。

§

そんな体質なので、よく夢を見る。
現実と区別がつかない総天然色の夢も多く見るが、中でもわたしがよく見るのは、白い背景に文字がひたすら浮かび上がってくる夢だ。まるで、キーボードで1文字1文字打ち込まれるように、縦につらつらと文字が現れる。
もうひとつ、最近よく見るようになったのは、耳元で誰かが何かをぶつぶつ話している夢だ。その「誰か」とはおそらくわたしなのだけど、ずっとよくわからない独り言を言っている。声が気になって半醒半睡の状態になるので、うんざりすることも多々ある。

言葉、言葉、言葉……文字だったり音声だったりとちがいはあるが、言葉に埋もれるような夢だ。執筆を生業にしているので、昼間の仕事が夜の夢にも出てくるのだろう。とは言え、眠るときも言葉まみれになるのは正直しんどい。

 

不眠がひどかった頃に、友人にその話をしたら、
「それってどんな言葉なの?」
と聞かれた。わたしは「夢の中では読めたり聞き取れたりするんだけど、起きると忘れてしまうんだよね」と答える。
「最近ではそういう言葉の夢を見ること自体がすごくストレスで、『あー、また始まった』って見たり聞いたりしないようにしてる。目や耳のまわりを羽虫が飛び回っているみたいで、すごいノイズに感じちゃって、うるさいなぁって目や耳を塞いでいる感じ」

すると友人は、
「でもそれって、自分の中の自分が伝えたがっていることなのかもしれないね」
と言った。
「自分が自分に伝えたがっていること?」
「そうそう。一所懸命、何か伝えようとしてるんじゃない?」
「え、なんかこわいな」
眉をひそめると、友人は笑ってこう言った。
「ノイズだなんて言わないで、一度しっかり耳を澄ませてみるのもいいんじゃない」
でもちゃんと現実に帰ってきてね、と最後に付け加えて。

§

確かにそれも一理あるかもしれない。
そう思ったわたしは、その夜から言葉の夢に耳を澄ませてみることにした。耳元でぶつぶつと自分の声が聴こえる夢は、大抵寝入り端に見る。いつもなら「うるさいなぁ」とため息をついて無視するところだが、その日は自分の意識を声に向けてみた。

すると、こんなことを言っているのだとわかった。
「ほらよく見て。光の当たる方向によって、それはあるようにもないようにも見える。『ない』と思うのは、見る方向がちがうからだよ」

へえそうか。自分はこんなことをしきりに伝えたがっていたのか。
徐々に眠りに引き込まれる中、わたしはその重力に逆らうように腕を伸ばし、忘れないうちに急いでスマートフォンに書き込んだ。
うとうとしながら画面を閉じ、なんだか笑ってしまう。説教くさいこと言っているなあ、と思って。わたしはわたしに、説教をしたかったのだろうか。

電波がうまく入らないラジオみたいに、ノイズだらけだと思っていた夢の中の声が、ピントを合わされすっと自分の中に入ってくるようだった。いつもなら長い時間うなされてしまうその声は、不思議とその夜はすぐに静かになって、わたしは久しぶりによく眠れた。

§

後日その話を友人にしたら、
「もっと支離滅裂なのかと思ったけど、意外と説教くさいね」
と、わたしが思ったのと同じことを言って笑っていた。
「でも不思議なことに、その声に耳を傾け始めたら、ノイズがすっとやむようになったんだよね」
「もしかしたら、ずっと聞いてほしかったんじゃない?」
なるほど、そうかもしれない。聞き入れてもらえてあちらが満足したのか、それとも、こちらが意味を知ろうとすることでノイズじゃなくなったのか、どちらかはわからないけれど。

「で、そのメッセージを受け取ってどう思ったの?」
友人にそう聞かれ、わたしは少し考えた。
「そうだねえ。まさに、ノイズととるか、メッセージととるかっていう話だよね」

それまで夢は、深い眠りを妨げるものでしかなかった。
でも、内なる自分からのメッセージなのだととらえた瞬間から、毎晩「今日はどんな言葉が聞こえてくるんだろう」と楽しみになった。

「ほらよく見て、光の当たる方向によって、それはあるようにもないようにも見える。『ない』と思うのは、見る方向がちがうからだよ」

説教くさい夢の声は、今もわたしにいろいろと伝えようとしてくれる。でも最近は満足したのかその頻度が落ちてきて、なんだか少し寂しいのだ。

 

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。


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