【レシート、拝見】お花、パン、コーヒー。この一枚は、しあわせになるためのチケット

ライター 藤沢あかり

 


堺あゆみさんの
レシート、拝見


 

「引っ越したばかりなんです」。そう案内されたマンションの一室は、越して間もないとはいえ、ずいぶんとこざっぱりしている。

訪ねたのは、編集者の堺あゆみさん。輸入業を手がけていたこともあり、海外諸国への旅も数知れず。旅とインテリアが大好きで、各地で求めた思い出の品を部屋のあちらこちらに飾っては楽しむ様子を知っていたわたしは、ちょっと驚いてしまった。

聞けばここ数年、ものを手放す心地よさを知り、考えが変わりはじめたらしい。それならば、買い物にもなにか変化が生まれているのでは。そんな思いを胸に、レシートを拝見した。

コーヒーショップに、パン屋、花屋。見せていただいたレシートは、どれも地元で暮らしに欠かせない店だという。お気に入りの店が増えるごとに、街と仲良くなれる気がするらしい。

「パン屋さんは、学生時代の友達が遊びに来てくれるときに、ここのバゲットを食べてもらいたくて買いました。こっちのレシートは、ブーケを買ったときのもの。友達のメールが落ち込んでいる様子だったので、黄色とオレンジ、元気になりそうな色を選んで玄関ドアにかけておいたんです。

もう一枚は、なつかしいママ友に会うときに買ったお花かな。このとき、相手も同じ店でお花を選んでくれていたんですよ。うれしくて笑っちゃいました」

自分の街の好きなところを、大切な誰かにおすそわけしたい。そんな気持ちが伝わってくる。きっと、いい街なのだろう。

 

まだ見ぬ次の持ち主へ。「お借りしている」ダイニングテーブル

いわゆる “断捨離” を経て、以前よりコンパクトなこの部屋に引っ越したのは2ヶ月前のこと。きっかけは、取材先でのある言葉だった。

「『経験や思い出は、ものではなく心のなかにある』というお話でした。そうか、世界中で買った雑貨を飾っては眺めてしあわせを感じていたつもりだけれど、違うのかもしれない。そう思って、試しに少しずつ手放してみたんです」

雑貨やうつわは、欲しいと言ってくれる友人の元へ。背丈ほどもあるクリスマスツリーは、福島に住む父が引き取ってくれた。避難住民の集会所へ飾ってくれるのだという。

大切だと思っていたものが新たな居場所へ旅立つごとに、価値観が少しずつ、堺さんのなかで揺れ動いていく。そうして、2年ほどかけて周辺を見直した末に、引っ越しを決行した。

引越し後、唯一迎えた家具がリビングのダイニングテーブルだ。
必要に応じてサイズを変えられるエクステンションタイプで、ゆるやかに弧を描いた長方形。おおらかな雰囲気が、天井の高いこの部屋によく似合っている。デンマークの古い家具だという。

「身軽でいたかったから、最初はレンタルするつもりでした。ものを買うのは簡単だけれど、手放す時の負担が大きいことは痛感しましたから」

そんななか、真摯にアドバイスをしてくれるインテリアショップがあった。住まいの様子や好みはもちろん、堺さんの考えにも寄り添いながらアドバイスをくれた。そうして出会ったのが、このダイニングテーブルというわけだ。

「信頼できる店主さんが、いつでもメンテナンスをしてくれる安心感がありました。なによりうれしかったのは、もしこの先、ライフスタイルが変わり不要になっても、引き取って手入れをし、次の人につないでもらえるということでした。

なんだか自分のものだけれど、レンタルとは違うかたちでの『お借りしている』という感覚が生まれました。子どもたちにも、そういう買い物の仕方があると感じ取ってもらえたらうれしいですね」

 

自分を楽しませることが、しあわせになるための意思となる

時間の経過とともに、リビングには穏やかな陽だまりができていた。
「気持ちいいでしょう? ここでお昼寝するのが最高なの」。
愛用のブランケットを手に、堺さんが特等席をうれしそうに教えてくれる。

「部屋の広さも窓から見える景色も、前のほうが格段に贅沢でした。でも、結局は自分にとってなにがしあわせか、ということなのかな。今のわたしは日当たりのいい、好きなものだけに囲まれた部屋でスッキリ暮らせることが、すごくしあわせです」

以前の住まいは窓から見える緑がすばらしかったけれど、今、視界に広がるのは住宅街だ。でも二方に窓があるこの部屋は、東京の空がどこまでも続き、光も風もたっぷりと注ぐ。

「窓から緑が見えないなら、ベランダの植物を増やせばいいですよね」。
そう言って、愛用の雪平鍋で植物に水をやる。鍋ひとつでなんでもできることも、この部屋に来て気づいたことだ。

「実は最近、病気が見つかり、バタバタと生活も気持ちも落ち着かない日が続いていたんです。でも、レシートを見返していて思いました。お花屋さんもおいしいパンも、コーヒーも、わくわくすることを見つけようとしていたのかもしれません。どんなときにも自分を楽しませたい。そうしようとしていたんでしょうね」

湯船に浸かりながら、指先のしずくを「ダイヤモンドみたいね」と見つめる娘の瞳。子どもが拾い集めた晩秋の落ち葉。ベランダで感じる風の心地よさ。
不要なものを捨てたのではなく、必要なものだけ選び取る堺さんが教えてくれるしあわせは、わたしの日常にも見つかりそうなものばかりだ。

しあわせの定義なんて、どこにもない。でも、ひとつ気づいたのは、しあわせは意志をもってこそ手にできるということだ。わたしには、堺さんのしあわせになるぞという気持ちこそが、自身をそちらに導いているように思える。

テーブルの上には、アネモネの花が揺れていた。中学一年生になる娘が、「この向きがいいかな、曲った茎をいかそうかな」とあれこれ考えながら活けてくれたという。

堺さんが愛でているのは、花の色形だけではないのだろう。その背景も、テーブルの手触りも、差し込む光も、きっとすべてがしあわせの源なのだ。

 

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堺あゆみ

編集者。大学卒業後、旅行代理店、出版社を経て独立。edit JAPANを立ち上げ、雑誌や書籍、Webコンテンツの編集に加え、フェアトレード食品の輸入代理など食にまつわる事業も手がける(現在、輸入業は休止中)。

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ライター 藤沢あかり

編集者、ライター。大学卒業後、文房具や雑貨の商品企画を経て、雑貨・インテリア誌の編集者に。出産を機にフリーとなり、現在はインテリアや雑貨、子育てや食など暮らしまわりの記事やインタビューを中心に編集・執筆を手がける。

写真家 吉森慎之介

1992年 鹿児島県生まれ、熊本県育ち。都内スタジオ勤務を経て、2018年に独立し、広告、雑誌、カタログ等で活動中。2019 年に写真集「うまれたてのあさ」を刊行。

 


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