【レシート、拝見】大切なものは、きっと普段着の顔をしている

ライター 藤沢あかり

 


中川たまさんの
レシート、拝見


 

「この産直のお店によく行きますね。食材も地元のものが揃うし、お正月のお飾りの松も、庭に植えるハーブの苗もここで。こっちの製麺所は、お気に入りの平太麺がときどき並ぶので、見つけると必ず。焼きそばにするとおいしくて、家族みんなのお気に入りです」

よく行く場所の、普段のものばかりというレシートが、話を聞いているうちに、オンリーワンの暮らしにかたちを変えていく。この場所で生活している空気が、ほんのりと伝わってくる。

「ここは海も山も近いから季節がめぐるのを感じられるのがいいですね」
そう話すのは、神奈川県の海辺の街、逗子に暮らす料理家の中川たまさん。

運転免許を持たない中川さんが自転車でも動きやすい平坦な地形だとか、都内へのアクセスも便利だとか、理由はいろいろあるけれど、なにより一番は「わたしがマイペースにいられる場所だから」なのだという。この街に暮らし、18年になる。

出身の兵庫県から、結婚を機に上京。都心で子育てをしながら、ふと、これからについて考えた。

「娘の幼稚園を考えたとき、もう少しのんびりとした場所でもいいかなという気持ちになりました。葉山には何度も遊びに来たことがあったので、なんとなく土地勘もあるし、逗子もいいなと思ったんです」

引越しを重ねながらも逗子を離れることはなく、今の住まいは5軒目。とうとう家を買った。庭には梅と桜の木。リビングから続くウッドデッキは、夫が中心となり家族で作った力作だ。

「この家に越してきて落ち着きだした矢先に、家での時間が増えるようになって。去年の春は、家族で庭に出て過ごすことが多かったですね。気分が変わるし助かりました」

この一年、家族で過ごす時間が増えたという人は多いだろう。しかし中川さんの場合は、それが変わらぬ日常でもあるらしい。レシートのなかには、そんな時間がいくつも残されていた。

「海沿いのカフェとレストラン、この2軒はよく行くところです。カフェといってもファミレスみたいなお店だけれど、テラス席が広くて気持ちがいいので、家族でちょっとお出かけというと、たいていこのあたり。

元旦もここでしたね。夫は2日から仕事なので、お雑煮や簡単なおせちでお祝いをしたあと初詣に出かけて、海を見て帰るのが、家族で過ごす元旦のお決まりなんです。軽くお茶しに入ったつもりが、娘はいつもパスタやらドリアやらを注文するから、この日もひとりランチセット。それで夕飯も食べちゃうからびっくりします(笑)」

大学生の娘は、母親はもちろん、父親と2人で映画にも買い物に出かけるし、両親のクローゼットから洋服を拝借することもあるそうだ。

「そういえば、反抗期らしい反抗期はなかったかもしれませんね。最近はそんな子が多いのかな。まわりを見ていても、男の子も女の子も、みんな優しい気がします。友達みたいな感じで」

箱根駅伝の往路をテレビ越しに見届けたあとは、娘と2人で買い物に出かけた。電車とバスを乗り継いで古着屋をのぞいたり、ショッピングモールを歩いたり。しっかりものの娘が、行程のややこしいバスの乗り換えも、片手でスイスイ調べながらアテンドしてくれる。道中の車内では、娘が差し出す片方のイヤホンを耳に、肩を寄せあってお笑い動画に夢中になった。

そんな話をしていると、くだんの娘さんが顔をのぞかせた。今は大学の講義もオンラインとなり、自宅で受けているらしい。「お腹すいた〜。これ食べちゃっていい?」冷蔵庫に首を突っ込みながら、撮影の残りのチーズケーキを見つけたようだ。

娘さんに聞いてみた。
「お母さんとお出かけするのって、どんな感じですか? 楽しい?」

うーんと少し考えたあと、「うん、好きかな。だって、おいしいもの食べられるし」。ふふふと笑いながら答えたその返事が、とても好ましかった。彼女くらいのころのわたしは、母の来客があると自室から一歩も出なかったなぁと思い出しながら、授業へと戻る後ろ姿を見送った。腰まで伸びた髪が揺れている。小学生のころから今もずっと、フラダンスを続けているのだと、中川さんがおしえてくれた。

中川さんがくり返し「変わったことも、めずらしい場所もなにもない」と話していたレシートの重なりと、それらが伝えてくれる、この地への愛着や家族との時間、子どもとの距離。

今、なんでもないような話のひとつひとつが、わたしの心をじんわり温めているのはなぜだろう。

日常のひだにこそ、ここにしかない潮の香りと、今しかない時間が満ちている。大切なものほど、光り輝くよそゆきの姿なんてしていないのかもしれない。普段着姿で、当たり前のようにそばにいる。

歌うような鳥のさえずりにハッとした。窓の向こうへ目をやると、小さな鳥がすぐ目の前まで来ている。

「メジロかな。このあたりは、夜になるとフクロウの鳴き声もすごいんですよ。アライグマもいるし、庭にはモグラも。去年の夏なんて、明日には収穫できそうだと楽しみにしていたトマトが誰かにすっかり食べられちゃって。ちゃんと皮とヘタだけ残していたんですよ。ひどいですよね」

「ひどいですよね」と言う中川さんの顔はとても愉快そうだ。ここにしかない大切な時間をまたひとつ、見せてもらった気がした。

 

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中川たま

料理研究家。神奈川・逗子で、夫と娘と暮らす。季節の食材や果実を生かした、家庭でも作りやすいシンプルな料理を手掛ける。近著に『ふわふわカステラの本』(主婦と生活社)、『器は自由に おおらかに おいしく見える器の選び方、使い方』(家の光協会)、『少ない材料で、簡単に作れる たまさんちのおおらかなおやつ』(家の光協会)。Instagram:@tamanakagawa

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ライター 藤沢あかり

編集者、ライター。大学卒業後、文房具や雑貨の商品企画を経て、雑貨・インテリア誌の編集者に。出産を機にフリーとなり、現在はインテリアや雑貨、子育てや食など暮らしまわりの記事やインタビューを中心に編集・執筆を手がける。

写真家 吉森慎之介

1992年 鹿児島県生まれ、熊本県育ち。都内スタジオ勤務を経て、2018年に独立し、広告、雑誌、カタログ等で活動中。2019 年に写真集「うまれたてのあさ」を刊行。

 


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