【スタッフコラム】レシピというのは、どれも知恵
編集スタッフ 小林
私が料理をする理由は大抵、そのときお腹が空いているからだ。
だからとりあえずさっさと食べられて、空腹が満たせるのならもう何でもよいと、いつも心のどこかで思っている。
もちろん欲を言えば、美味しいものが食べたい。けれど空腹感に抗えない。だからお腹が空いて力が出ないとのたまうどこかのヒーローの台詞にも、すごく親近感を覚える。まさに刻々と、全ての気力が奪われていくよね、と。
なのでいつも食事は冷蔵庫の中にあるもので、サクッと作るようにしている。
一体何を作っているのか自分でもよくわからない、名のない料理。味付けも適当。再現性はない。失敗することも多々。
しかし慣れてしまうとあまり考えずにすむ分、非常に楽だ。夫も大体は美味しく食べている。私も満足。空腹は最高のスパイス。ありがたい。
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ただこの暮らしには一つだけ問題がある。定期的に、そして突然に、自分以外の誰かが作ってくれた料理が食べたいという、強烈な欲望の波にのまれることだ。
これは本当に苦しい。
それまでは気にしていなかったはずなのに、同じような味付け、同じような食材、決して不味くはないけれどさほど感動もない料理を毎日食べ続けることに、ある日急に耐えられなくなる。
でもいつも適当に作っているのだとしたら、同じ料理にはならないんじゃない?
ノンノン。適当だからこそ、わかってしまうのだ。私は「自分という人間の範囲からはみ出さない」料理しか作れない。
だから食事のたびに鈍さを感じる。新鮮さがない。想像どおりもしくはそれ以下。何を作ってもパッとしない気がする、負のループに入ってしまうことがある。
決して特別なご馳走が食べたいわけではないのです。ただ単に、刺激がない平穏な日常にほんの少し、爽やかな風を通したいと願っているだけで。
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そのため私には、全くキッチンに立てなくなる期間が定期的に発生する。
もちろん夫が調理を担当する日もあるけれど、それだけでは全然足りない。外食、デリバリーなど、さまざまな手を駆使して、とにかく「慣れた味」から離れないことには我慢ならない状態になるのだ。
悲しいことにその間、キッチンに立たないといっても心が楽になるわけではなく。
ただ料理を嫌いになりたくない一心で、波が落ち着くまで、また自発的に作ろうかなと思えるようになるまで、じっとやり過ごし、耐え忍ぶように待つしか道がない。
・・・
けれど最近、娯楽としてレシピ本を読む時間に、救いを感じている。
読めば読むほどわかる。レシピというのは、どれも知恵だ。
誰かが私の知らないところで見てきた世界や、経験や、味わいを、なるべくそのまま目の前に再現できるよう、心を尽くしてまとめられた知恵。
なんとなくパラパラとページをめくって眺めていると、その写真の美しさにハッと心打たれ、料理の味を想像してはワクワクし、じわじわと食欲がわく。
そのうち興味が湧いてきたら、レシピの手順、文章、小さなコツなどの細かなところに込められたものを読み解いていく。作り手の視座や想い、美意識に人柄。個性というのだろうか、その人がこれまでどう生きてきたかが立体的に伝わってくる。
そして料理というのは心底人間らしい日々の営みであり、その心持ちやコンディションが素直に反映されるものだということに、再び気づかされるのだ。
・・・
この娯楽の結果として得た知恵をもちいて、いつもの台所で料理をしてみると、私のものではない「新鮮な味」がちゃんとそこに立ち上がる。
それはもう、たとえようのない喜びだ。
私にもこんなものが作れるんだという自信に加え、ここに気をつけるといいのねという身体を使ったインプットの大切さを、素直な気持ちで実感できる。何よりたった1品、レシピ通りに作っただけでもう次の日から、自分がまた適当に作ったはずの料理の味さえ変化している。
それらの事実は私にとって、息苦しさの象徴でしかなかった日々の食事をもう一度、澄んだ心で動かしていくための貴重な原動力になる。
だからすぐに作る気にならなくたって、憧れのレシピはたくさんストックしておいたらいいのだ。ちゃんと作らなきゃと無理に気張る必要はない。個人的にはもう、レシピ本はお守りとして積読したらいいとすら思っている。
そしていつかまたキッチンに立てなくなるときがきたら、その知恵をお借りしよう。まだ知らぬ、新しい味に出会う瞬間を楽しみにして。
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