【あの頃なりたかった大人】サラリーマンから、ラップに映画。紆余曲折の映画監督(青葉家のテーブル・松本壮史監督)
編集スタッフ 栗村
ひと足さきに、映画『青葉家のテーブル』を見た夜のこと。
あの頃の自分も、今の自分も、丸ごと優しい気持ちで包んでくれるような肯定感を感じながら、学生時代の自分を思い出していました。
そういえばあの頃どんな大人になりたいと思っていたのだろう?
今回インタビューをしたのは『青葉家のテーブル』の脚本・監督を務める松本壮史(まつもと そうし)監督。
この夏、本作に続いて映画初監督作品となる『サマーフィルムにのって』の公開も控えています。
ご自身でも「どうやったら同じ年に、新作映画が2本も公開される人生になるんだという感じですよね」と話す松本監督に、学生時代のお話から、サラリーマン時代、そして映画監督になるまでを伺いました。
やりたいことなんてわからなかった学生時代
これまで数々の青春のきらめきを描いてきた松本監督。ご自身はどんな青春時代だったのか聞いてみたら、なんと相当鬱屈していたというところからお話が始まりました。
「高校は男子校だったんですけど。
学校って、1軍2軍3軍……ってあるじゃないですか、でもそれ以外に無所属っていうのがあって、僕は完全にその無所属で。誰ともつるまないし、誰とも話さないっていう寂しい高校時代を送っていました。
1年目はサッカー部に入っていたんですが、途中で辞めちゃったんです。そしたら、ちょっと気まずくなって、気づいたら誰とも話さないみたいな感じで。
親に『絶対行きなさい』って言われて嫌々修学旅行にも行ったんですけど、旅行中に話したのは先生だけ。ジュージュー焼かれるジンギスカンを前にして、他のテーブルは盛り上がる中、ただただ無言で食べていました」
一方で、地元の友人とは仲がよかったという松本監督。当時好きだったのは、漫画や映画、音楽などのポップカルチャーだったのだそう。
「当時通っていたのが進学校でバイトが禁止なんです。だからお金はないけど時間はあって。
それで地元の友人と図書館にある映画を『あ』から順に全部見るみたいなことをしていました。映画が好きとかではなく、ただ棚の50音を制覇するために毎日淡々とこなして。
友人たちと『エレファント』(ガス・ヴァン・サント監督)って映画を見た時に、みんなは『つまんねー』って言ってたんですけど、自分は『あれ? 俺面白かったかも』って。なんで面白いと思ったのか言語化はできなかったんですけど、あの時くらいから映画が特別なものになっていきました」
「漫画は、友人の家庭教師が昔の作品を色々と教えてくれて。
岡崎京子さんの『リバーズ・エッジ』(宝島社)とか安達哲さんの『キラキラ!』(講談社)とか、今まで触れたことのない面白さに衝撃を受けたり、音楽はUKロックが好きで『ザ・リバティーンズ』の最新情報を追いかけてイギリスの掲示板を毎日チェックしていたら、英語の成績だけ良くなったり。
でもどれも、好きだから見ていただけで、自分もこんなことがやりたいなんて考えたことはなかったですね」
ほとんど消去法で選んだ進路
いよいよ進路を真剣に考えなくちゃいけない高校3年生の時。美大へ進学することを決めた松本監督。その決めた理由も、実に消極的。
「進学校なので周りのほとんどが4年制の一般大学を目指しているんですが、どうしてもそういった大学に行きたくなかったんです。
というのも自分が経済とかを学んでいる姿が全然想像できなくて。どうしたらいいんだろうってすごい悩んじゃって。
それで当時、ちょっとギャルな女の子と付き合っていたんですけど、その子になんとなく美大ってどう思うって聞いたら『いいんじゃね? 絵うまいし』みたいに言われて。その一言にめちゃくちゃ背中を押されて、じゃあ美大にしようかってそれで美大予備校に通うことに決めたんです」
好きなものだけ見ていたあの頃、怖いくらい何も考えていなかった
まさかの一言で、美大への進学を決めた松本監督。予備校、そして大学に通いはじめてから興味の幅がさらに広がっていきました。
「美大予備校って、現役の美大生が教えに来てくれるんです。当時の自分たちって、美大のお兄さんはもう憧れで。その人たちが、最近このミュージックビデオがかっこいいよって色々教えてくれました。
憧れの人がかっこいいって言ったものなんて、全部かっこよく見えるじゃないですか。それでもう、ミュージックビデオかっこいいなぁ、自分もこれをやろうって。もう安直ですよね。
映画監督はさすがに難しそうだけど、なぜかミュージックビデオなら自分でも作れそうな気がして。それでぼんやりと映像を意識し始めた気がします。
ただ、大学に入ったら全く同じことを考えて入学してきたやつが何人もいたので、本当に自分には個性がないなと落ち込みました」
「入ったのはちょっと特殊な学科で、何をやってもいいところだったんです。映像や漫画をやっている人もいれば、メディアアートをやっている人もいて。
だからみんないろんなものが好きで、音楽とか映画とか漫画とか、その分野ごとに詳しい人がいるんですよ。
そんな友人たちと出会う中で、いろいろなカルチャーに片っ端から触れて。今思えばこの時に、自分ってこういうのが好きなのかもしれないという感覚が蓄積されていった気がします。バイト代は全部CDとか映画に使っていましたね。
ただ本当に自分が好きなものをひたすら見ていただけで、こういうのがやりたいっていうのは相変わらず全然ないんです。というより当時は何にも考えていなかった。ただ漠然と『面白いことやりてえ』って。もう話してて怖いですよ。こんなやつ絶対大成しなさそうですよね」
きっと就職できると信じていたけれど
「ただ唯一、手応えがあったのが卒業制作で撮った映像作品で。地元の友人に青春をプレゼントするっていうドキュメンタリーを作りました。
それが自分の中で、はじめて作品になったものだったんですが、学校での評判も良くて。あ、このまま行けるかもっていう感覚がありました。
美大の最後って卒業制作を展示する機会があるんです。そこには外部からいろんな人が来てくれて。もしかしたらこの作品を映像関係者が見て『君、うちの会社に入っちゃいなよ』って言われるかもしれないって。
本当はそんなこと起きないんですけど。当時は本気で信じていたので、就活よりも卒展に全てをかけてやっていたんです。
でもいざ始まるというタイミングで、2011年の震災があって卒展が中止に。それで必然と僕は、そのまま何もなく卒業。やばいなという感覚はありながら、無職のまま地元に帰ることになりました」
好きだった映画が見られなくなった
「地元に帰ってからは、結構どうしようもない日々で。ハローワークの受付のおじさんに『君、人生なめちゃダメだよ』って言われるくらい、半年ほど何もしない時期がありました。
だからってその人が言うように、人生を楽観視していたかというと、そんなこともなくて。人生なめてるように見えるのかってしっかり落ち込んでいましたね。
結局それからしばらくして、大学の先生の紹介で、映像関係の会社に就職が決まったんです。もう100%のコネ入社で。
ただその会社は、教育ビデオとか企業用のビデオを作るところで、自分が好きな映像とは遠い世界でした。
今思い出すだけで泣きそうになるんですけど、ここの仕事がもう全然合わなくて。めちゃくちゃ辛かったんです。途中からは映像とは関係ない仕事をしていましたし。
あんなに好きだった映画も、現状とのギャップで落ち込むから、面白そうな映画は見ないようにしていたくらいでした」
どうにか楽しみたくて始めた音楽がきっかけで
「人生やばいなって思い始めた頃に、趣味で友人とラップを始めたんです。
もともと日本語ラップが好きで、当時素人がインターネットに自分のラップをあげるのが流行っていたということもあって。
そしたらそれが割と反響があったんです。今までそんな経験がなかったから、それだけですごい楽しくて。ラップで成り上がりたいとかは全くないんですけど」
この時、松本監督が始めたのが「Enjoy Music Club」というラップユニット。日常をポップなメロディにのせて歌う楽曲はインターネットで反響を呼びました。その後、様々なアーティストともコラボしてアルバムをリリースすることになります。
「ラップで歌詞を書くんですけど、この時にストーリーの立て方とか、起承転結の作り方をなんとなく覚えました。
ここはこういう構成にしたら面白いとか、こんな言い回しをした方がいいなとか。言葉のリズムや、情報の出し方を考えながら。
特に昔の日本の曲が好きで、その歌詞を読みながら、こういう構造になっているんだって勉強をしていました」
20代後半、給料ゼロの再スタート
人生のウェイトのほとんどをラップに傾けていた頃、会社に勤めて3年が経とうとしていた松本監督。さすがになんとかしなければと動き出すことになります。
「ちょうど26歳になるタイミングで、このままじゃまずいなと思ったのと、本当に仕事が辛すぎて。会社を辞めて、今の所属事務所(THE DIRECTORS GUILD)の新人募集に応募しました。
だいたい映像の会社って経験者しか採らないんですけど、僕の入ったところは師弟制度をとっていて、未経験でもプロのディレクターのアシスタントとして所属していいよというスタンスだったんです。
面接では、寂しい学生時代の話をしたり、ラップをさせられたりして。そしたらその時面接官だった先輩ディレクターが笑ってくれて。それで無事所属できることになりました。
ただ、弟子として入ったので給料が出ないんです。どうやって生活すればいいんだという感じなんですけど、当時貯金はあったんで、それを切り崩しながら先輩のCM撮影の現場に行って、メイキングを作るバイトとかをして食いつないでいました」
「それから最初の監督の話が来るまで1年半くらいずっと弟子生活でした。ラップは引き続きやってて、日本だけじゃなくて中国でもライブとかしていたんですけど。映像監督としては全然で。毎日どうしたら売れるんだろうとか、どうすれば仕事ってできるんだろうって思っていましたね。
お金もないし辛いんですけど、前よりはマシだなという思いだけでがんばれていました」
今までの好きがぐるりとつながって
松本監督にやってきた初の仕事。ここからだんだん今の仕事へと繋がりはじめます。
「たくさんの映像監督が、乃木坂46のメンバーごとにショートムービーを作るという仕事があって、そのうちの1本を任せてもらえました。
脚本も自分で考える必要があったんですが、ずっとラップをやっていたからストーリーを考えるということは好きだったし、やってみたらできたんです。
いざ撮影が始まると、自分の脚本を俳優さんが演じるとこんな風になるんだってことに感動して。
撮影中、モニターを見ながら『確実にこれ、世界で一番楽しい仕事じゃん』って思いました。
実際に公開してから、Twitterで反響があったり、ファンの方から直接メールが来たりして。それで、もしかして人が喜ぶことを初めてしたかもしれないって気づきました。
何より自分としてもすごくいいものができたなって思えて。この時の楽しさがあまりにも大きくて、映像が一生の仕事になったらいいなと思いました」
実は、このショートフィルムを撮った時に使った楽曲は一緒にラップをやっていた友人である江本裕介さんの『ライトブルー』。そして同じ年の年末、この楽曲のミュージックビデオを撮り、それが第21回 文化庁メディア芸術祭 エンターテインメント部門・審査委員会推薦作品に選ばれることに。
これを見た、後に『青葉家のテーブル』のプロデューサーとなる方から声がかかり、翌年ドラマ版の『青葉家のテーブル』の撮影の話が始まります。
鬱屈していた時代に、なんとか人生を楽しみたくて始めたラップが、ぐるりとつながって今の仕事になっていく。
好きなことだって、新しくはじめるのは勇気もいるし簡単なことじゃないけれど、せめて自分の好きなことは大切にし続けていたい。松本監督のお話を伺った帰り道、映画を見たあの夜と同じ気持ちになっていました。
さて明日は、店長佐藤も交えて、映画作りのお話をお届けします。お楽しみに。
【写真】神ノ川智早
『青葉家のテーブル』劇中歌のミュージックビデオが公開です
タイトル:このままじゃ(映画『青葉家のテーブル』劇中歌)
曲:Chocolate Sleepover
作詞・作曲:トクマルシューゴ
映画の中でキーとなるバンド「Chocolate Sleepover」(チョコレート スリープオーバー)が唄う劇中歌「このままじゃ」。書き下ろしたのは映画『 PARKS パークス』の音楽監修や無印良品のCM音楽制作を始めとした数多くの作品に関わるトクマルシューゴさん。「歌詞もメロディーも全てが絶妙です!トクマルさんの才能が爆発しています」と松本監督も太鼓判を押す一曲です。
トクマルシューゴさんよりコメントも!
「映画に登場するバンド、”Chocolate Sleepover”の2曲を作らせてもらいました。『このままじゃ』は音楽打ち合わせの直後にその勢いで作り始めて、2日目に録音して、3日目に提出して、4日目には採用されていたので、その時に録音した素材がそのまま使われてます。正直いつか自分もバンドでやりたい、と思うくらい2曲ともかなり気に入っています。ドラムは藤村頼正(ex.シャムキャッツ)が叩いています。『青葉家のテーブル』の世界と現実世界の日常がクロスしていくように感じてもらえたら嬉しく思います」
■作品情報
タイトル:青葉家のテーブル
公開:2021年6月18日(金)
監督:松本壮史
出演:西田尚美 市川実和子 栗林藍希 寄川歌太 忍成修吾 久保陽香 上原実矩 細田佳央太 鎌田らい樹 大友一生 芦川誠 中野周平(蛙亭) 片桐仁
企画・製作:北欧、暮らしの道具店
制作プロデュース:THINKR 制作プロダクション:株式会社ギークピクチュアズ
配給:エレファントハウス
© 2021 Kurashicom inc.
あらすじ
シングルマザーの春子(西田尚美)と、その息子リク(寄川歌太)、春子の飲み友達めいこ(久保陽⾹)と、その彼氏で小説家のソラオ(忍成修吾)という一風変わった4人で共同生活をしている青葉家。夏のある日、春子の旧友の娘・優子(栗林藍希)が美術予備校の夏期講習に通うため、青葉家へ居候しにやって来た。そんな優子の母・知世(市川実和子)は、ちょっとした”有名人”。知世とは20年来の友人であるはずの春子だが、どうしようもなく気まずい過去があり…。
松本壮史
1988年生まれ、埼玉県出身。CM、MV、ドラマなどの映像監督。映画「サマーフィルムにのって」(2021年公開)に続き、「青葉家のテーブル」が長編二作目となる。「江本祐介/ライトブルー」が第21回 文化庁メディア芸術祭 エンターテインメント部門 審査委員会推薦作品に選出。
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