【金曜エッセイ】今日は餃子にしようかな
文筆家 大平一枝
「手作りの餃子って、誰がどう作っても、何を入れても、焦げてもなんでもおいしいもんですねえ」
34歳までほとんど台所に立ったことのなかった男性が、妻との別離を経て料理に目覚めた。そのきっかけが餃子だったという。
友達夫婦が彼を励まそうと、自宅での手作り餃子パーティに誘ってくれたらしい。何気なく参加したら皮から作っていた。見よう見まねでチャレンジしてみると予想以上にとても楽しく、めちゃくちゃおいしかったのだと目を輝かせて語っていた。
私にも記憶がある。
だいぶ前、結婚して間もない頃、水餃子用を何度か皮から作った。
料理に興味のない人でも餃子を生地から作ると独特の感動がある。料理がぐっと自分に近くなったような。食べ物は一から作れるのだと、自分の手から知る喜びは格別だ。
柔らかな耳たぶのような生地をこねる心地よさ、ぱらぱらした粉末が平たい生地に変わっていくときのわくわく感。
生地さえできれば具の味付けが適当でも、おいしさは絶対に損なわれない。
自信もくれる。
しみじみと皮は偉大である。
たとえばおひたし屋さんや煮物屋というのはないけれど、餃子屋はある。あれはひょっとしたら、皮から作る楽しさと、誰からも喜ばれる快感が毎回半端なく大きいので、何十年も同じものを作り続けられるのでは、なんて妄想を膨らませてしまう。餃子が苦手という人にもあまり会ったことがない。
餃子の彼は、今は、ベーコンハムチーズトーストをフライパンでこんがり焼くことから一日が始まるという。トースターでもホットサンドメーカーでもなく、フライパンというところがワイルドだ。
自分のあれが悪かったのかこれかとネガティブになりかけていた彼が、餃子と出合えてよかったなと思う。餃子は、ひとりだけのためにはあまり作らない。皮からならなおのことそうだ。たくさん作ってみんなでワイワイ食べたい。つまり、皮から作る餃子は、“誰か”がセットになっている。だからよかった。
餃子に救われた人の話を聞いて、楽しそうだなあ私も作ってみたいなあ、餃子パーティをしたいなあと憧れてしまった。しかし、いまはまだ集まれない。あーあと思いながらふと気づく。
そういえば彼は、いまはパーティができないので全国各地から名店の冷凍餃子を取り寄せて、セルフで楽しんでいると言っていた。食レポをインスタに上げ、画面上で全国の餃子好きと情報交換をしたり交流をしたりと。
彼はできないとただ嘆いている私と違って、限られた条件の中でできることを探して楽しむこと、もっといえば自分の機嫌を取るのが元来上手い人なのだ。友だちに誘われたときに料理を一度もしたことがないのに参加したのもきっと、楽しそうな予感がしたから。
友達はもうしばらく招くことはできないけれど、私も週末あたり家族用に餃子を皮から作ってみようかしらん。
どうやら手作り餃子熱は伝染するらしい。
長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。『東京の台所』(朝日新聞デジタル&w),『そこに定食屋があるかぎり。』(ケイクス)連載中。一男(24歳)一女(20歳)の母。
大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com
photo:安部まゆみ
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