【57577の宝箱】人生を季節は何度も巡り回る またいつか来る青い春の日

小説家 土門蘭


季節の変わり目、特に夏から秋に変わるこの時期は、曖昧で、柔らかくて、少し寂しい時期だと思う。
確実に季節がめぐる感じ。手のひらから水が溢れていくのを止められないような。

この時期になると、いつも昔のことを思い出す。
昨日の夕方も、涼しくなったうす青い空気の中を自転車で走りながら、沈みかけた太陽と尖った三日月を眺めていたら、二つの記憶がよみがえってきた。

ひとつは、13歳の時のこと。部活帰りに、初恋の男の子のいるグループの後を、私も友達とグループになってついて帰った。こっちに気づいてほしいような、気づいてほしくないような。あの時に見た夕焼け空、あの時に触れた空気。

そしてもうひとつは、18歳の時のこと。初めて一人暮らしをして、初めてアルバイトをした時のこと。バイト先の焼き鳥屋から、自転車で自分のアパートまで帰った。あの時に見た三日月、あの時にかいだ匂い。

そういえば、季節の変わり目に思い出すのはティーンエイジャーの時のことばかりだなと思う。語尾に「ティーン」という音がつく、13歳から19歳の時のこと。

知識も経験もなく、無闇にドキドキしていた時代。体全体で新しいことをたくさん味わっていた、私の青春時代。

塾の前で自転車を停めると、そこから出てきた10歳の息子が手を振るのが見えた。
彼もティーンになったら、この感覚を体の中に溜め込むようになるのかしら、と思う。

§

同い年の友人が、一人暮らしを始めるのだという。

35年間ずっと実家暮らしだったのだけど、良い物件が見つかり、ついに初めての一人暮らしを決心したそうだ。私の家の近所で部屋を借りるらしく、二人でお茶をしながらそのことを喜んだ。

「何が必要かわからないから、今いろいろ調べているところ」
と友人は言う。
「もしよかったら、何かアドバイスして」
そう言う友人に、私は咄嗟に
「カーテンだけは、絶対に忘れちゃだめよ」
と言った。そんな当然なことを言われて、友人はポカンとしていたけれど。
だけど、ティーンの頃の私は、そんなことまったく知らなかったのだ。

私が初めて一人暮らしをしたのは、京都の片田舎。
周りは田んぼだらけで、夜になると蛙や虫の声がいつも大きく響くところだった。
家賃は3万5千円。ユニットバスで1Kで、玄関含めて7,5畳。洗濯機は共同の、古い女子専用アパート。小さなベランダがついていて、そこに出ると、道路を挟んだ別のアパートの赤錆色の螺旋階段が見えた。

ここに越してきた夜、私はカーテンを買っていないことに暗くなってから気がついた。
すでに時間も遅いし、近くのホームセンターは閉まっている。電気をつけると外から丸見えなので、早いうちから電気を消して、布団の中にくるまった。月に照らされた螺旋階段が、綺麗な影を作ったのを覚えている。

一人でそれを見ながら、私はこれからここで暮らしていくんだな、と思った。
影絵のような螺旋階段を見つめながら、窓全体がまるで夜空のカーテンみたいだと。

今思えば危なっかしいったらありゃしない。当然、次の日に母にそのことを話したら電話口で叫ばれた。だけどティーンエイジャーの私には、そんなトラブルさえもロマンティックな冒険だったのだ。無知で、無鉄砲で、だからこそ無敵だったあの頃。

「怖いけれど楽しみ」と言って笑う彼女に、心からエールを送った。
私たちは新しいことに挑む時、いつでもティーンの気持ちになれる。

§

息子とともに自転車で家へ帰りながら、橙から紫、そして濃紺へと層をなす空を見上げた。

ティーンエイジャーの頃を思春期だと考えると、それは子供から大人へと変わるグラデーションの時なのだろう。過ぎていく時間、変わっていく自分。だから、季節の変わり目にはそんな時のことを思い出すのかもしれない。

ちょっと前までは、10代の頃のことを思い出すのが少し苦手だった。なんであんなにバカだったんだろうと恥ずかしくなったり、その一方で、あんなにドキドキした毎日はもう来ないのかもしれないと悲しくなったり。

だけど歳を重ねるにつれ、少しずつティーンの頃の思い出が愛おしく感じるようになった。それとともに、苦手だった季節の変わり目も、いいものだなと思えるようになっている。
大人なんだか子供なんだか、暑いんだか寒いだか、よくわからなくて心が揺れる、そんな季節が私の人生にもあったのだと、ひとりこっそり思い出しては微笑むようになった。

だけど人生はきっと、めぐる季節のようなものなのだろう。春から冬へと一直線に向かうのではなく、何度も何度も季節がめぐる。
不安そうな、嬉しそうな顔をした同い年の友人の顔を見ながら、そんなことを思った。彼女はきっと今、季節の変わり目に立っている。

いいなあ、と思った。青春は何度もやってくるんだな、と。

私の季節は、今どのあたりだろう。次に来る青春の季節を、楽しみにしながら待っている。

 

“ 人生を季節は何度も巡り回るまたいつか来る青い春の日 ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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