【57577の宝箱】「わたし」など追いつかぬほどのスピードで わたしをさらってジェットコースター
文筆家 土門蘭
この間、久しぶりに遊園地へ行ってきた。
以前行ったのは、次男が生まれる前だったから、5年ほど前だろうか。4歳の次男にとっては生まれて初めての遊園地で、そこに行く前からとても楽しみにしていた。もちろん、9歳の長男も。
私自身も、子供の頃に時々、父親に遊園地へ連れて行ってもらっていた。仲の良い友達も一緒に行って、二人で手を繋いではしゃぎながら回る。絶叫マシンが苦手なので、乗るのはいつもメリーゴーランドや観覧車やゴーカート。あとはソフトクリームを食べて、マスコットの着ぐるみたちと写真を撮るのが定番だった。その遊園地は、私が地元を出る頃には閉園になってしまったけれど。
大人になってから大きな遊園地へ2度ほど遊びに行ったが、自分の行き慣れた遊園地とは比べ物にならないくらい人が多く驚いた。2時間待ちと書かれた看板や行列、派手で華やかなアトラクションを眺めながら呆然とした。人混みや並ぶのが苦手な私は、「遊園地が苦手」と言うようになった。子供のために渋々行くけど、好きな場所ではないな、と。昔はあんなに好きだったのに、そんなことも忘れてしまって。
§
そんなある日、義母が遊園地のチケットをプレゼントしてくれた。低年齢の子供でも楽しめる遊園地らしく、次男にも乗れるアトラクションがたくさんあるとのこと。このご時世、ほとんど遊びに行けていない兄弟はとても喜び、休日に家族で出かけることになった。
だけど、予約したその日はなんと雨。幸い遊園地に着いた時には小雨になっていたが、ほとんど人がおらず、アトラクションに並んでいるのも1、2組ほどで閑散としている。だけどスタッフの方に笑顔で出迎えてもらい、広々とした園内へと誘なわれたとたん、私の中で急にワクワクとした感情が湧き上がった。懐かしい、この感じ。雨の遊園地は、子供の頃に行った遊園地と雰囲気がよく似ていた。
売店でレインコートを買い、さっそく着込んで園内を歩き回る。
「あれに乗ろう!」「あっちに行こう!」「あれはこわそうだから嫌!」
私は子供たちと地図を見ながらはしゃいだ。
まずはメリーゴーランド、それから観覧車、そしてゴーカート。私が「あれに乗ろう!」と言うのは、自分が子供の頃に好んでいた乗り物ばかり。遊園地特有の軽やかな音楽を耳にしながら、嬉しそうに笑う子供たちの顔を見ていると、微笑んでそれを見る自分の顔がかつての父親とだぶる気がした。
§
ゴーカートを降りた長男が
「次はジェットコースターに乗りたい」
と言う。
「私、ジェットコースター怖いから無理かも」と言うと、長男は「じゃあ、お母さんはさくたろう(次男の名前)と見てる?」と言った。
「そうね、年齢制限もあるだろうし」と言いながらジェットコースターの看板を見ると、次男の年齢でも乗れるらしい。
「4歳でも乗れるんなら、そんなに怖くないんちゃう?」
と長男に言われ、確かにそうだなと思って、次男と私も乗ることにした。
人が少ないので、乗るのは私たち家族だけだった。1列目と2列目、どっちを選んでもいいという。スタッフさんに「どっちが怖くないですか?」と聞いたら、「1列目の方ですね」と即答された。そういうものなのか、と思いながら次男とともに1列目に乗り込む。後ろには、夫と長男が乗り込んだ。
スタッフさんに安全バーを固定してもらったとたん、急に怖くなってきた。もう引き戻せない。もう降りれない。「それでは発車します」というアナウンスに、鳥肌が立つほど恐ろしくなった。ああ私、本当に絶叫マシンが苦手だったんだと思う。
ジェットコースターが動き出し、ゴツゴツした岩の洞窟の中をゆっくり走り出した。次男の手を握り、「怖くないよ、大丈夫だよ」と言い聞かせる。ほとんど、自分に対しての言葉だったが。
洞窟の穴から外へ出ると、すでに高い場所にいる。少しずつ勾配が強くなり、私たちを乗せたジェットコースターはグングンとさらに高いところへ登っていく。私はもうすでに、その時点で「怖い怖い怖い」と叫んでいた。次男はそんな私にびっくりしたのか無表情で固まってしまい、後ろでは長男が「お母さん、まだ早いで!」と笑っている。
てっぺんにたどり着いて空しか見えなくなったとたん、これに乗ったことを本当に後悔した。次の瞬間、体ごと下に落っこちていって、私は大きな声で叫んだ。
あとはもう、とにかく早く終わってほしい一心で、ずっと目をつぶって次男の手を握り続けながら、叫び声をあげていた。ものすごい速さで動くので全然気持ちがついていけない。予測のできない動きに、身も心も振り回される。この叫び声だって、出そうと思って出しているのではない。自分で自分を、まったくコントロールできないのだ。
この振り回される感覚を怖がるのではなく楽しむことが、ジェットコースターに乗るコツなのだろうと叫びながら思った。だけど、コントロールできなくなった状況ごと楽しむなんて、私には到底できない。後ろでは、夫と長男が笑い声をあげてそれを楽しんでいるのがわかる。まったくなんて頼もしい。
§
ジェットコースターから降りる時、私はヨレヨレの状態だった。足に力が入らず、うまく歩けない。次男と手を繋ぎながら地上に出ると、夫と長男がそんな私を見て大笑いした。
「お母さん、怖がりすぎ! あんなに叫んでたの、お母さんだけやで」
普段は私の方がしっかりしているのに、まるで形勢逆転だ。次男に「こわくなかった?」と聞いたら、彼は固い表情のまま首を振り、
「こわくなかった。さくたろう、おかあちゃんをまもってあげた」
と言っていた。私が彼を守り励ましていたつもりなのだが、彼には頼りなく見えていたようだ。
ジェットコースターに揺さぶられて、いつもとは違う表情がひょっこりと顔を出した。ガラス窓に映る自分の顔が、なんだかあどけなく見える。
子供たちがそんな私の顔を覗き込み、
「ねえ、次は何に乗る?」
と言って手を引っ張った。
“ 「わたし」など追いつかぬほどのスピードでわたしをさらってジェットコースター ”
1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。
1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。
私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。
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