【57577の宝箱】長月のエンディング曲をリプレイし 金木犀の香りに浸す
文筆家 土門蘭
この間友人たちと、「夏のプレイリスト飲み会」というものをした。
「夏の夕暮れどき、車の助手席に誰かを乗せながら、運転する時に聴く5曲」
という設定で、それぞれ曲のリストを用意する。そして曲をかけながら、なぜこの5曲を選んだのかをプレゼンして、お酒を飲み語らうという会だ。酔狂な会で楽しかった。
当日までに曲を選びながら気づいたことがある。
まず、私はすでに曲に対して四季のイメージを持っているということ。
もう一つは、「この曲は何時くらいだな」というように、時間帯のイメージも持っているということだった。
例えば、「この曲は朝4時半ごろ、まだ誰も起きていない街の感じ」とか、「この曲は23時ごろ、ピカピカ光る繁華街の中を歩く感じ」とか。
それなので「夏の夕暮れどき」の曲を選ぶのは、そこまで難しいことではなかった。
季節と時間帯が掛け合わされると、一気にイメージが広がる。
夏の4時半は爽やかで乾いた解放感があるけれど、冬の4時半は暗く寒く寂しさを感じるだろう。夏の23時は「夜はこれから」と遊びに行く感じがあるが、冬の23時はコートに両手を突っ込んで暖かい家へと帰る道のりを想像させる。
私が好きになる曲は、そんなふうに、季節と時間帯がはっきりしているものが多い。歌詞というよりは、メロディや演奏の雰囲気で、温度や光の感じがむくむくと想像できる曲。
今回のお題は「夏の夕暮れどき」ということで、パッと思いついたのは「過ぎてしまうのが惜しいくらいのピンク色の夕焼け空」、そして「それを見て、嬉しいのだけど切ないような気持ち」だった。だから、恋愛系の曲が中心になった。一緒にいるのが奇跡みたいな二人の関係性を歌った曲を5つ選んだ。とても熱いプレゼンになった。
今度は「秋の真夜中」というお題でやろうかと、友人たちと話している。
§
ところで最近、ノイズキャンセリングのイヤホンを買った。
家電屋さんのおもちゃ売り場に子供の誕生日プレゼントを買いに行ったとき、通りすがりのフロアで見かけて、つい気になって手にしたのだ。
私はこれまでスマートフォンに付属されていたイヤホンしか使ったことがなく、「ノイズキャンセリング」というものをほとんど体験したことがなかった。試しに音楽を聴いてみて、とてもびっくりした。外界の音がシャットアウトされて、音がとてもよく聴こえる。
「あー、あー」と声を出してみるが、自分の声もよく聴こえない。自分の肉体という完全なる密室で音楽を聴いているような、音の一粒一粒の輪郭がはっきり見えるような、そんな感覚に衝撃を受けて、私はすぐにそれを購入した。
その日の夜、さっそくそのイヤホンをつけて、友達との夜ご飯の待ち合わせ場所へと向かった。家から徒歩15分程度の場所にあるお店へ、音楽を聴きながら歩いて向かう。
時間は17時半ごろ。9月の終わりの夕暮れどきは、半袖のワンピースでは少し肌寒く、私はバッグからストールを取り出し上半身に巻いた。乾いた涼しい風に乗って、金木犀の香りがする。大きく息を吸い込んで、その香りを十分に味わった。「いい匂い」とつぶやいた私の独り言は、ノイズキャンセリングされて遠くで聞こえた。
不思議なことに、耳がふさがれ音楽だけが聴こえる状況になると、急に目の前の景色が息づき始め、目に染みるほど眩しく感じた。すれ違う人や車の色、風の匂い、コンクリートの感触。そういったものが体にダイレクトに伝わるようで、私は少しドキドキする。聴覚が大きく刺激されることで、他の感覚も影響を受け、敏感になっているのかもしれないなと思う。
鴨川に架かった橋の上を歩いていると、水色とピンク色が溶け合った夕焼け空に、爪で引っ掻いたような三日月が浮かんでいた。私は思わず立ち止まり、その光景を眺める。
柔らかな風が吹いて、金木犀の香りがまた濃く漂った。すぐ横を、カーディガンを羽織った女子大生たちが笑いながら通り過ぎて行く。反対側の空には、鱗雲がひっそりと横たわっている。ああ、秋が来たのだと思った。夏が終わって秋が来た。そのことを、私は体ごと味わった。
耳の中では、初めて聴く、羊文学の『くだらない』という曲が流れている。
時間ばっかさ、過ぎて行ってさ
僕らはいつでも終わりへ進んでる
ああ、この曲は秋の夕暮れどきの歌だな、と思う。曲から季節を感じることもあれば、季節が曲を染めることもあるのだと知った。
私はこの曲を聴くたびに、金木犀の香りと、ピンク色の空に浮かぶ三日月を思い出すだろう。そう思いながら、もう一度その曲を最初から再生させた。
§
お店には友達の方が先に着いていて、私たちは予約時間まで外で待つことにした。私はイヤホンを外して、彼女の隣に立つ。
「急に肌寒くなってきたね」
と友達が言い、私は頷きながら、
「金木犀の香りがするよね」
と言った。
友達は「えっ?」と言って宙を見上げ、大きく息を吸い込む。そして「本当だ」と笑った。
「秋だね」
「秋だねー」
「私、おでん食べたいな」
友達がメニューの看板を見ながらそう言って、私も同意する。
「いいね。大根とこんにゃく食べたい」
そのとき、お店の中から店員さんに呼ばれ、私たちはおでんのお出汁の匂いの中へと足を踏み入れた。
時間ばっかさ、過ぎて行ってさ
僕らはいつでも終わりへ進んでる
秋が来て、冬が来て、また春が来る。私たちは終わりへ進んでいるけれど、その途中の道でさまざまな時間を味わうこともできる。
「もう秋だねぇ」
私はそのことを確かめるように、友達にもう一度そう言った。
“ 長月のエンディング曲をリプレイし金木犀の香りに浸す ”
1985年広島生まれ。文筆家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。
1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。
私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。
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