【57577の宝箱】新鮮な野菜と肉を飲みくだし眠る 明朝生まれ変わるため

文筆家 土門蘭


パーソナルトレーニングを始めてから、2か月が経った。

毎週末45分、ストレッチとトレーニング。これまでは運動が続かなかった私だけど、トレーナーさんと毎回次の約束をすることで、続けることができている。

週に1度運動するくらいでは、すぐ変化が起きることもないだろうと思っていた。だけどすでに良い変化をいくつか感じていて、「運動ってすごいですね」と、トレーナーさんと毎回話している。

まず、ちょっと自信がつくようになった。
以前はまったく運動をしていなかったので、それが引け目になっていた。でも最近は、短い時間とはいえ定期的にちゃんと運動しているのだという事実が、私の自信になっている。
それが日々の考え方にも影響を与えているようで、少しずつ前向きになっているのも感じる。嫌なことやしんどいことがあっても、「まあいっか」と流せるようになってきた。まあいっか、私頑張ってるしな、と。

次に、体つきもささやかながら変わってきた。
バーベルを持ってスクワットをしたり、きついヒップアップや腹筋のトレーニングをしているからか、腕周りや腰回りに筋肉がついてきた。もともとかなり貧弱な体つきなので、これはとても嬉しい変化だ。時々触ってみては、密かに満足している。

中でもいちばん変わったなと思うのは、食欲の増加だ。よくお腹が空くようになった。
一回に食べる量も確実に増えたし、間食も増えた。夜寝るときにはすでに少しお腹が空いていて、「明日の朝何食べよう」と楽しみにしながら目を閉じている。そして朝からしっかりとご飯を食べる。体つきが変わってきているのは、よく食べるようになったからもあるだろう。

もともとは食が細く、そんなに食欲が湧かない方だった。
お腹はまあまあ空くけれど、「食べたい」という気があまり湧かない。食べたあとにお腹を壊したり、気分が悪くなることが多かったので、食べるのがむしろ億劫だった。よく食べよく飲む人が羨ましかった。

そんな私が今はどうだろう。次は何を食べようかなと、楽しみで仕方ない。
体を動かせばお腹が空く。その単純なサイクルが、私の中でもう一度回り始めたようだ。

§

先日は、家で午前中に仕事をしていたらお腹が空いてきた。
以前ならお昼はほとんど、おにぎりとお味噌汁のみ。作るのが面倒だし、食欲がないから、最低限で済ませていた。

だけどその日はふと、
「お肉が食べたいな」
と思った。
前日の夕飯がそぼろ丼だったからなのか、今日はなんだかお肉の塊にかぶりつきたい気分。そんなワイルドな気分になるのは久しぶりで、私は嬉しくなった。食欲がいい感じに出てきている。いいぞ。

冷蔵庫を見ると、生協から届いたばかりの鶏モモ肉がある。これを照り焼きにして、炊き立てご飯にタレを染み込ませながら食べたらおいしいだろうなぁ。そんな想像をすると、口の中でじんわりと唾が出た。この感じも久しぶりで嬉しい。欲は生きる原動力だから、欲が活性化すればするほど、心と体がいきいきとしてくる気がする。

私はお米を1合といで、スピード炊飯のスイッチを押した。20分で炊き上がるので、その間に作ってしまおう。
フライパンを熱して、お酒をまぶした鶏モモ肉をジュワッと焼く。肉を調味料で煮ている間に、前日の残りのレタスを入れたお味噌汁を作る。蒸したかぼちゃも残っているから、マヨネーズをつけて食べよう。
そんなことを考えながら、鶏肉が照り焼き状になるまで、私はリビングにパソコンを持ってきて仕事をしながら待った。

炊飯器でご飯が炊き上がると同時に、鶏肉の照り焼きもできあがる。料理をお皿に乗せて、ひとりダイニングで手を合わせる。
鶏肉を一口食べると、あんまりおいしくて、私は「うん!」と大きく頷いた。これだよ、これ。これが食べたかったんだ。
テレビも見ず、スマホも触らず、私は夢中でご飯を食べた。食べ終わったときには、ものすごい満足感だった。

鶏肉の照り焼きは、これまでに何度も作ったことがある。今回のが特別上手くできたわけでもない。だけど、この鶏肉の照り焼きが、今まででいちばんおいしかった。

きっと、自分がもっとも欲しているタイミングで、自分のために作ったからだろう。
「材料があるから」ではなく、「周りに『作って』と言われたから」でもない。純粋な自分の食欲に応じて作ったから、こんなにも幸せな気持ちになれたのだろう。

「ああ、おいしかった」
私はまた手を合わせた。
食べたいときに食べたいものを食べるのが、この世でいちばんおいしい。
そんなことを思いながら。

§

後日トレーナーさんに、
「最近、ご飯がおいしいんですよ」
と話したら、「それは素晴らしいことですね」と言われた。
「運動をする意味は、ほぼそれだと言っても過言ではないです」
とまで言うので、私は笑ってしまう。

すると彼も笑いながらも、「でも真面目な話」と言いながらこう続けた。
「僕は、生きるって『動く』ことと『食べる』ことだと思っているんです。エネルギーを出して、エネルギーを得る。その繰り返しが『生きる』ということなんだって。だから、気持ちよく動いて気持ちよく食べられたら、もうそれだけで十分なんです」

私はそれを聞いて、確かにそうだな、と思った。
動いて食べて、動いて食べて。人生はずっとその繰り返し。そう考えるとなんてシンプルなんだろう。

「今日もたくさん動いて、終わったらおいしいものを食べてください」
トレーナーさんはそう言って、バーベルを私の肩に乗せた。
「じゃあ、20回スクワットいってみましょう」

エネルギーを出せば、エネルギーが入ってくる。そのたび私の心と体は、少しずつ元気になっていく。

そのシンプルさに、最近の私は勇気づけられている。

 

“ 新鮮な野菜と肉を飲みくだし眠る明朝生まれ変わるため ”

 

1985年広島生まれ。文筆家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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