【57577の宝箱】欲しかったスカート身につけ外に出る 試着室にてかけられる魔法
文筆家 土門蘭
子どもが生まれてから、ゆっくり服を買いに行く時間がなくなった。
子どもと一緒だと試着もなかなかできないし、たまにひとりの時間ができても短時間なので、そこで一気にまとめ買いをする。新しいコーディネートに冒険する余裕もなく、いつも似たような服ばかり買って、まるで制服のよう。それはそれで安心するからいいのだけど、服を買う楽しみは少なくなり、いつの間にかそれが普通になってしまった。
だけどそんな中、つい先日友人とお茶をしていて、
「蘭ちゃんはスカートは穿かないの?」
と聞かれた。
子どもの送り迎えで自転車に乗るので、基本いつもパンツなんだと答えると、
「前から思っていたけど、蘭ちゃんはこういうスカート似合いそうだよね」
と、スマートフォンで画像を見せてくれた。それはタータンチェック柄のロングのキルトスカートで、バックに綺麗なプリーツが入っていてとてもかわいかった。
「すごくかわいい」
「そうでしょ? 好きそうだなって思って。いつか穿いてみなよ」
「うん、そうする」
他の日にも、別の友人から「こんな服似合うと思う」と言われることが、ここ最近ちょこちょこあった。もしかしたらあまりにも同じ格好ばかりしている私を、友人たちが心配してくれているのかもしれない。
それで、この間時間ができたので、冬服を買いに久しぶりに服屋さんへ行ってきた。
友人がすすめてくれたスカートと同じようなものがあったので、それを手に取って鏡の前で当ててみる。かわいいのだけど、穿きこなせるのかは自信がない。
するとすぐに店員さんがやってきて、
「ご試着もできますので」
と言ってくれた。ちょっと迷ったけれど、思い切って試着をすることにして「お願いします」と言った。
「でも私、普段スカートを穿かないので、どんなコーディネートにしたらいいのかよくわからないんですけど」
そう言うと、店員さんの顔がイキイキし始めた。
「任せてください! このスカートに合うトップスをいくつか見繕ってくるので」
その言い方が、「本当に服が好きでたまらない」という感じだったので、さすがプロだなぁと思った。彼が店じゅうからすいすいと服を選び取るのを、私は試着室のそばで眺めながら待った。
§
その店員さんの年齢は、私より10個ほど下だろうか。私よりもずいぶん若い。
そんな彼が持ってきてくれた服は、普段の私なら「こういうのは似合わないだろう」と手に取らないようなものばかりで、正直なところ少しだけ怖気付いた。
「スウェットは普段着られますか?」
「全然着ないですね。なんか私が着ると部屋着っぽくなりそうで……」
「そんなこと全然ないですよ。要はバランスなんです。メンズの大きめのスウェットを、こういうきちんとしたスカートに合わせるとすごくかわいいですよ」
言われるがままに試着してみる。すると、思いのほか似合っている。
試着室のカーテンを開け、
「確かにかわいいですね……」
と言うと、店員さんは嬉しそうに笑ってうんうんと頷いた。
「でしょう? きれい目なパンツと合わせてみるのもおすすめです。例えばこういう白いパンツとか」
スカートを買うつもりだったのだが、なぜか次には白いパンツを穿いていた。白だなんて、汚れるから絶対買わないのだけど、穿いてみるとなんだかすごくおしゃれに見える。
「白パンツ、初めて穿きましたけど、なんかめちゃくちゃいいですね」
「白は合わせやすい上に、おしゃれ感が出ておすすめです。一着あると重宝します。例えばこの白パンに、オレンジのニットを合わせると、ほら」
「あ、かわいい。これも着てみていいですか?」
「はい、もちろん」
オレンジ色のトップスも、これまで買ったことがない。こんなに明るい色、似合わないと思い込んでいた。でも実際に着てみると、
「すごくいいですね!」
と店員さんと盛り上がった。
「冬は重たい色になりがちなので、こういう明るい色を中に仕込むといいですよ」
「確かに、これにうちにある紺色のコートを羽織ると、爽やかでいいかも」
結局選んだのは、タータンチェックのスカートと、オレンジのニットと、白いパンツ。
今までなら絶対に選ばなかったであろう物ばかりが紙袋の中に入れられていて、なんだか不思議な気持ちになった。
「今日は試着に付き合ってくださってありがとうございました。おかげで服のバリエーションが広がりました」
長く付き合ってくださった店員さんにそう言うと、彼はにっこり笑って、
「いえいえ、とんでもない! こちらこそ、おすすめするものを先入観なく試してくださったので、とても楽しかったです」
と言った。
出入り口で紙袋を受け取りながら、私は続ける。
「似合うとか似合わないとか、自分ではわからないものですね。なんだか今日は、新たな自分の一面を見た気がします」
すると、彼は力強く頷いた。
「服ってそういうところがいいなって思うんです。新しい服を着るだけで、新しい自分になれる。だから、たまには人に選んでもらうのもいいと思います。きっと思いがけない自分に出会えて、ファッションがもっと楽しくなるはずです」
大きな紙袋を肩にかけ、「それじゃあ」と手を振ると、彼もまた手を振り返してくれた。
「この冬は、新しいご自分を楽しんでください」
これを着てどこに行こう。肩に重みを感じながら、そんなことを考える。
まずはスカートをすすめてくれた友人に、これを着て会いに行こうかな。
大きな紙袋の中には新しい自分が入っているようで、重たいのに軽いような、不思議な感覚がした。服を買う喜びを久しぶりに味わわせてもらえた、とても良い1日だった。
“ 欲しかったスカート身につけ外に出る試着室にてかけられる魔法 ”
1985年広島生まれ。文筆家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。
1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。
私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。
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