【でこぼこ道の常備薬】写真家 中川正子さん / 前編:傷つきやすい小さな女の子。 彼女を大事に育ててきた、もう一人の私。

文筆家 土門蘭

人生は平らな道ばかりでなく、でこぼことした起伏に富んでいて、時々つまずいたり転んだりすることもあります。
そんな時できてしまった傷を癒してくれるような、「あの人の言葉」や「あの人の姿」ってありませんか?
『でこぼこ道の常備薬』は、そういった常備薬のような存在についてうかがうインタビューです。

今回お話をうかがったのは、写真家・中川正子さんです。
岡山を拠点に、全国各地や海外に出かけて撮影をされている中川さん。彼女の写真からいつも感じるのは、光が持つ豊かな美しさ。身の回りに溢れている光の表情を、自分がこれまでどれだけ見落としていたか、いつも驚かされます。また写真に添えられた、中川さんの真っ直ぐな言葉からも、日常のあらゆるものに感動する繊細な感受性を感じるのです。

中川さんは、自らの感受性をオープンにすることに、まったく怯んでいないように見えます。そのしなやかさとパワーはどこから生まれているのか、中川さんにも常備薬的な存在があるのか、お話をうかがいました。

 

傷つきやすいことは、ひとつの「ギフト」

── Instagramなどで中川さんの言葉を読んでいると、とても感受性が豊かな方なんだなと感じます。細やかなものを、敏感にキャッチされているというか。

中川 私のInstagramからそんなふうに感じられるんですね。なんでバレちゃったんだろう(笑)。

── あはは。中川さんの表現は、丁寧なのに溢れるようなんですよね。それだけ心が動いているのだろうと思うのですが。

中川 そうですね。感受性は誰かと比較できないので、あくまで自分基準ではありますが。身近な夫や友人と同じ体験をしても、自分とはずいぶん反応が違うのを見るにつけ、「ああ、私は感受性が強い方なんだな」という自覚は年々出てきました。例えば、自分とは全然関係のない人でも、悲しんでいる姿を見ると自分まで悲しくなったり、体調が悪い方のお話を聞くと自分も体調が悪くなったり……と、とにかく共感性が高いんですね。

── そうなんですね。

中川 「そんなにいろいろ感じ取ると大変そうだね」と言われることもあるのですが、私自身はずっとこれで生きてきたし、大変だと思ったことはないんですよ。むしろギフトだと思っているんです。人のことも自分のことのように嬉しいし、喜ぶことも何倍も多い。それとセットで痛みもついてくるのは仕方ないと思っています。だから感受性を制御しようと思ったこともないんです。せっかく感じ取っているのにもったいない、って思って。

── 私自身も共感性が高い方で、落ち込んでいる人と話すとそれをもらって寝込んでしまうことなどがあるのですが、その度に「なぜ自分はすぐに不安定になるんだろう」と自分を責めてしまうんです。中川さんはそんなことってないですか?

中川 全然ありましたよ。特に20代の頃は大変でした。私の場合、ありがたいことに若いうちから仕事を多くいただけたのもあって、いろんな人や情報に囲まれていたので、この体質で丸腰のまま身を置いてしまった結果、それはもう傷ついて大変でした。ズタボロに傷ついた20代で、毎日生きるのが辛かったですね。

── そうだったんですか。

中川 そのころは、「なぜ自分はこうなんだろう」とよく思っていました。周りの人は平気そうなことでも、自分はとても傷ついてしまう。そんな自分が悪いんじゃないかと思ったこともあるし、人からのアドバイスの中には「強くなれ」「気にするな」っていうものもあったから、トライしてみたこともありました。でも、感じることを止めるのは無理なんですよね。だから早々に諦めて、「なぜ自分はこんなに多く傷つくんだろう」と、自分と他者の違いについて深く考えてみることにしたんです。

── はい、はい。

中川 そこからは、徹底的に自分を観察しました。私はどんなことで傷ついて、どんなことを不快に思うんだろう……それを脳内で整理していくと、パターンが見え始めたんです。そうし続けているうちに、自分に関する無数のデータが溜まっていって、やがて分厚い自分の取扱説明書ができました。それは今でも改訂を続けています。

 

自分と人の間にピーっと線を引く

── その取説ができることで、中川さんは楽になれましたか?

中川 自分が傷つくパターンを認識することで、避けられるものは避けるようになりました。だけどずっと避け続けられるものでもないので、次はそのパターンに対する反応や行動を変えて、傷を浅くするように意識したんです。

── 感情ではなく行動を変えたんですね。具体的にはどんなふうに?

中川 夫は私とは真反対で、精神的にめちゃくちゃ頑丈な人なんですね。彼は、人との境界線ががっちり引ける人なんです。私にはそれがなくて、他人の問題を勝手に引き受けて悲しくなることがよくある。だからそういう時には、自分と人との間にピーっと想像上の線を引くようにしたんです。私はビジュアルで物事を捉える人間なので、「ここに今線を引いた」と思うと落ち着くんですね。

── へえー。なるほど。

中川 また、夫は建築家なので、職業柄、上の方から鳥瞰的に物事を見ているように思います。それに対して私は、物事に近づきすぎてしまう。そんな時には、ふーっと上に上がって眺めるのを想像してみるんです。すると、宇宙から見た自分の悩みなんてちっぽけだという気持ちになる。そんな対処法を徐々に獲得していきました。

── まったく異なる旦那さんが、中川さんのヒントになっているんですね。

中川 そうですね。頑丈な彼のことを横で見学して、インタビューもして、「なるほど、そういう視点で物事を見ているのか」と知っていきました。まるで一番弟子のように、彼の視点を獲得していったように思います。時々それがうまくいかない時には、彼に話をとことん聞いてもらうんです。大抵、話しているうちに「あ、そういうことか」とモヤモヤが晴れてくるんですけれど。

 

ささやかでもいいから唯一無二の存在になろう

── 今の中川さんは、悩んだり落ち込んだりすることはあるのでしょうか。

中川 うーん、それは定義によりますね。「悩む」というのがうんうん考えても答えが出ない迷宮状態なら「ない」かな。「落ち込む」というのは、どういう感じでしょう?

── 「落ち込む」というのは、自分ってダメだなと思ったり、周りに申し訳なくなったり、自己否定が近いような気がします。

中川 なるほど。じゃあ、断言して申し訳ないのですがそれもないですね(笑)。20代でやり尽くしたんだと思います。

── そうなんですね! 20代から今の心境への転換って、何がきっかけだったんでしょう?

中川 具体的にこれが転換期っていうのはないのですが、徐々に「『自分』というものの輪郭をはっきりさせよう」と思うようになったことでしょうか。具体的に言うと、「『いちカメラマン』ではなく『中川正子』として仕事をしよう」と決めたことです。交換可能ではない存在、どんなにささやかでもいいから唯一無二の存在であろう。そう思うようになってからですかね。

── そこからなぜ、落ち込むことがなくなったのでしょうか?

中川 「いい部分も悪い部分も含めて自分の個性だ」と思うようになったからだと思います。どんな特性であっても、良い部分と悪い部分があるじゃないですか。例えば私は多動の傾向もあるのですが、それを「バタバタと落ち着きのない人」と捉えればそれまでだけど、「スピード感があって早くアイデアが出せる」と捉えると良い面になる。

「傷つきやすい」という特性もそうです。感受性が強いからこそ、些細な光や風の動き、人の表情に感動することができる。この武器があるから、自分は写真を撮れているんだって思いました。自分にある特性はすべて強みに育てることができる。そう確信してからは、自己否定をしなくなりましたね。自分の特性は、すべていいものになるから。

── 特性は強みに育てることができる。それはとても素敵な考え方ですね。

中川 傷つきやすくて感受性が強い。そんな小さな女の子を大事に育ててきた、もう一人の私。当時から今に至る自分は、そんな感じがしますね。

「傷つきやすくて感受性が強い、小さな女の子」。中川さんはその存在を「ギフト」とも呼んでいました。悪い方へ捉えればそれまでだけど、良い方へと捉えれば自分の武器になる……中川さんのお話を聞いていると、自分の特性の良い部分はなんだろうと考えたくなりました。中川さんが感受性を恐れずオープンにできるのは、その素晴らしさを誰よりも中川さんご自身が知っているからなのかもしれません。

次回は、中川さんにとっての常備薬についてさらにお話をうかがいます。
どうぞお楽しみに。

(つづく)

【写真】中川正子


もくじ


中川正子

写真家。自然な表情をとらえたポートレート、光る日々 のスライス、美しいランドスケープを得意とする。写真展を定期的に行い、雑誌、広告 、書籍など多ジャンルで活動中。2011 年 3月より岡山に拠点に、国 内外を旅する日々。最新作は135年の伝統を持つ倉敷帆布の日常を収めた「An Ordinary Day」ほかに写真集に「新世界」「IMMIGRANTS」「ダレオド」などがある。文章執筆の仕事も多数。2023年に初のエッセイ集を発表予定。
Instagram:@masakonakagawa

 

土門蘭

1985年広島生まれ。文筆家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

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