【最終回|57577の宝箱】手に入れた宝石たちは消えぬまま 光を向けられるのを待ってる

文筆家 土門蘭


先日、6歳の次男にこんなことを聞かれた。
「お母ちゃんは、いつかおばあちゃんになる?」

私は「なるよ」と答える。
「みんな、歳を取ったらおばあちゃんになるんだよ」
すると、次男はとても不安そうな顔をして、
「おばあちゃんにならないでほしい」
と言った。理由を尋ねると「いなくなるから」と言う。彼が老いや死を怖がる発言をするのは初めてだったので、私はなんだか感慨深かった。

それ以来、次男は居間にある神棚に向かって、
「お母ちゃんがおばあちゃんになりませんように」
とお願いするようになった。「神様にお願いしたから大丈夫?」と言うので、
「なるべく頑張るけど……でも、みんなおばあちゃんになるんだよ」
と、私は繰り返した。
「みんな歳をとるし、みんな死ぬ。みーんな同じだよ。でもそれは多分、ずっと先のことだから、そんなに心配しなくて大丈夫」
次男は納得のいかない顔をしていた。だけど「抱っこしようか」と言うとすぐに笑って、私に抱きついてきたので、そこでその話は終わりになった。

後日、次男は保育園で友達にそのことを相談したらしい。「あのな、れいくんが教えてくれた!」と興奮して言う。れいくんは次男のクラスメイトだ。私は彼の話に耳を傾けた。

「お母ちゃんがおばあちゃんになるやろ。それでいなくなって、ぼくもおじいちゃんになるやろ。そうしてぼくもいなくなる」
「うんうん」
「そうしたら、ぼくはまた赤ちゃんに戻るねん。そして、お母ちゃんのお腹の中からまた生まれるねん」
「へえー」
「にいに(お兄ちゃん)もそう。またお母ちゃんから生まれる。みんなまた会えるから、寂しくないねん」

そうなんだ、と言いながら私は次男の頭を撫でる。
もしかしたられいくんも、同じように死が怖くなってお母さんやお父さんに尋ねたのかもしれない。その不安に対する答えがあまりに優しくて、私はなんだか泣きそうになった。

「それなら寂しくないね」
そう言うと、次男は「もう大丈夫やで」となぜか私を慰めてくれた。

§

この連載は、今回で最終回を迎える。
2020年の夏から2年半ほどの間、週1の更新を続けてきた。

もともとこの連載は、「日常の中にきらりと光る瞬間を見つけたい」という思いから始めたものだった。コロナ禍でなかなか非日常を体験できなくなったけれど、それを改めて日常を慈しむ機会だと捉えれば、良いものが生まれるかもしれない。そう思いながら、エッセイと短歌を書き続けるうちに、私は日常の中で宝石のような瞬間を探すのが癖になった。それは、この連載で得たもっとも尊いものの一つだと思う。

編集の津田さんとは何度もテーマをともに考え、毎回温かいご感想をいただいた。
写真家の吉田さんからはいつも驚きのある写真をいただき、プレゼントのようにそれを受け取っていた。
最後にデザイナーの佐藤さん・北田さんが丁寧にデザインしてくださり、読者の方へと記事が届けられる。
読者の方からのご感想メールが、私の心をいつも励まし温めてくれた。

そんな連載が終わるのだと思うと、なんだか寂しい気持ちだ。
だけど私はこの連載の中で、「変わるものと変わらないものがある」ということをいつも感じてきた気がする。

見える景色は変わっても、見つけた宝石はずっと胸の中に残る。この連載で得た宝石の輝きは、きっといつまでも消えない。

私はそれが欲しかったのだと、今改めて思う。

§

私もいつかおばあちゃんになるし、いつか死を迎える。
昔はそれが恐ろしいことのように感じていたれど、最近はあまり怖くない。老いも死も、何かを失うことではないのだと実感できたからかもしれない。

文章を書くことは、自分の心や記憶の一部を結晶化することなのだと思う。
結晶化されたものは、ずっとどこかに残る。書いた私の中に、読んだ人の中に、確実に残り続ける。私たちはその存在を忘れることはあっても、なくすことはない。光を当てさえすれば必ず反射して、輝きを返してくれる。
私はこの連載を書き、読み返し、読んでもらう中で、何度もそのことを教わった。ああ、あのとき言葉に閉じ込めた輝きはずっと色褪せないのだと、読み返すたびに慰められた。

6歳の次男はあっという間に7歳になり、10歳になり、大人になるだろう。自分が母親の老いと死を恐れていたことも、きっと忘れると思う。
でも、私の中からその記憶は消えない。今、こうして結晶にしたから。いつか彼が大きくなったら、幼い彼が私に話してくれた、優しい話を聞かせてあげたい。それまでは私が、大切に箱の中に収めておこうと思う。

これからも、日々の中から輝きを見つけられますように。
そんな自分でいられさえすれば、きっとずっと寂しくない。

最終回を書きながら、今私はそんなふうに思っている。

 

“ 手に入れた宝石たちは消えぬまま光を向けられるのを待ってる ”

 

1985年広島生まれ。文筆家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 

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