【連載|朝、いろいろ】第三回:春わらう

石田 千

 壁のこよみをながめると、ぽっかり3日、あいていた。東北に住む母に、会いにいくことにした。
 3月に帰ったときは、まだ雪がちらついていた。3年ぶりにようやく帰省がかない、毎日うれし泣きにくれていた。
 今回は、移動の緊張、用意にも慣れたので、すこしでも手伝いになることをしたい。
 83歳になる母は、年齢よりは若くみえる。けれど、腕をうえにあげる作業はきつくなった。味覚やものわすれ、それなりの変化を、不安に感じてもいる。
 換気扇、エアコン、神棚のそうじ、電球のとりかえ。子どものころは、クラスでいちばんおおきいのが、とてもいやだった。五十路なかばになって、ようやく、でっかくてよかった。ありがたく思える日がきた。
 ゴールデンウィークのころ、東北では、梅、ぼけ、もくれん、そして桜、いっぺんに花見どきになる。そうして里から山に、春風がのぼっていくと、野菜を買わずにすむようになる。こごみ、うるい、ばんけ(ふきのとう)、みず、しどけ、あいこ、わらび、たらのめ、などなど。
 母は、いまもちいさな洋裁教室をしていて、農家をしている生徒さんや、山のほうで暮らす親せきが、食べきれないほどの山菜を届けてくださる。
 天ぷら、おひたし、きんぴら、ごまあえ。いちばんのたのしみは、昆布のだしに、いろんな山菜をいれてさっと火をとおし、うす味にととのえた山菜鍋。
 一碗のなか、山の春の濃淡を、海から届く昆布が、ゆうらりむすぶ。一碗で、身のうちが、すっきり洗われる。三年ぶりにいただけば、三年のあいだの停滞も、清められることと、たのしみにしている。

 
 山が笑えば、田んぼには、早苗が植えられる。その景色を、毎日、目に、口にしているからか、母の衣類も、中心になる色は、みどり。
 帰省すると、毎回、このあいだ、こんなの買ったの。たんすから、いろいろ持ってきて、着て見せてくれる。
 おもしろいのは、先生なのに、ふだんは既製服ばかり。生徒さんがたくさん作ったからと、わけてくださったブラウスをいただいて、着ていることも多い。
 それでもやっぱり能ある鷹で、兄の結婚式のときのロングドレス、そして、父の葬儀のときの喪服は手製だった。そのすがたに、あらためてたいした腕なんだなあと見ていた。

 
 このあいだ見せてくれたのは、生徒さん作のカットソーにかさねる綿のブラウスだった。いつもは、モスグリーンが好みなのに、色えんぴつのみどりいろ。ちいさな丸襟で少女らしいのも、めずらしい。
 春らしくていいね、いちばんうえのボタンはひとつあけて、襟をちょっとたてて着るとにあうね。そういうと、そうやって着ようと思ってた。いわれたとおりにかさねて、鏡を見にいった。
 そうして、こんどは、生徒さんからのカットソーを、たくさんもってきて、どれがあうかなあ。ベージュに黒のプリントが、いちばんあうみたい。
 チョコレートをつまみ、お茶をのみながら、しばらくファッションショーを楽しんだ。
 ちいさなころから、母と、ずっとふたりで、こんなことをしてきたけれど、気づけば、いつのまにか、母がたずね、娘の意見をきくようになっているのが、うれしく、さびしく。
……あなたのコーディネートは、なかなかのものと思うけど、そんな仕事はこないの。
 ないない、東京には、もっとずっと、おしゃれなひとであふれているんだから。それは、そうだね。ふたりしてうなづき、お茶の葉をかえた。
 たわいもない会話で日が暮れて、いっしょに台所に立ち、晩のテーブルで乾杯する。ふたりとも、ビール1杯、ワイン1杯と決めていて、ひとりのときは、禁酒しましょう。約束して帰ってきた。

 
 ひとりぶんの暮らしにかかりきりで生きてきて、やっと、衣食住すべてを育ててくれた母とすごす時間が、もっともうれしい、ありがたい。だいじに過ごしたい。
 しんみり思いつつ、東京のちいさな部屋にもどって、またひとりの朝になる。
 実家の時間のなごりで、いつもよりゆっくり動きだして、手がとまる。
 モスグリーンのスカートをはいて、みどりの前掛けをして、テーブルに、みどりのギンガムチェックのランチョンマットをひろげている。
 やっぱり、親子なんだなあ。
 ひとりごと。父の写真も、笑っている。

 


作家・石田千。1968年福島県生まれ、東京育ち。2001年「大踏切書店のこと」により第一回古本小説大賞受賞。16年、『家へ』(講談社)にて第三回鉄犬ヘテロトピア文学賞受賞。『窓辺のこと』(港の人)、『バスを待って』(小学館)、『箸もてば』(筑摩書房)など著書多数。

 

写真家・齋藤圭吾。1971年東京都生まれ。雑誌や書籍、広告、CDジャケットなど様々なメディアで活動。主な仕事に『針と溝 stylus & groove』(本の雑誌社)、『melt saito keigo』(TACHIBANA FUMIO PRO.)、『記憶のスパイス』(アノニマスタジオ)、『高山なおみの料理』(角川書店)、『自炊。何にしようか』(朝日新聞出版)、『ボタニカ問答帖』(京阪神エルマガジン)などがある。

Instagram:@keigo.saito

 

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