【暮らしのみずうみ – 松本便り】第16話:わかりやすいくらいがちょうどいい。
ライター 桒原さやか
友人から本格的な中華の店があると聞いて、スウェーデン人の夫とふたりで行ってきました。
暖簾をくぐると、小さな店内にはカウンター席が8つ。端の席が空いていたので、そこに腰掛けることに。目の前には厨房があり、店主さんは一人で切り盛りしているよう。ぐるっと店内を見渡すと、棚には異国のスパイスがずらりと並び、筆書きのメニューがところ狭しと壁に貼られています。
まずは友人お勧めの、スパイシーな麺を注文することに。
すると、「この麺好きじゃないと思うよ。辛いし。お兄さんにこの味がわかるかなぁ」と店主さん。
店内の空気が、一瞬でピンと張り詰めるのがわかりました。
「大丈夫です、大丈夫です、夫は辛いの好きですから」と私が言うと、店主さんは何も言わず、そのままくるっと背を向けて料理を始めたのでした。夫を見ると、ちょっと困ったような、悲しそうな顔。楽しみにしていたのに、申し訳ない気持ちです。
トントントントン、ガシャガシャガシャ、じゅわーーー
静かな店内に中華鍋をふるう音が響きます。しばらく待っていると、注文した料理が運ばれてきました。
一口食べると、爽やかなスパイスの香り。いろんな味が口に広がり、噂通り、確かにおいしい。夫も同じことを感じているようで、箸が進んでいる様子。
もくもくと食べていると、「けっこう辛いの食べられるね」「これも好きかも」と店主さんが話しかけてくるように。最後には「メニューにない料理もあるから、また来てよ」と声をかけてもらい、お店を後にしました。どの料理もおいしくて大満足ではあるものの、その日はなんだか複雑な気持ちで家へと帰ったのでした。
なんで店主さんは、最初、あんな素っ気ない態度だったんだろうか。
そんなことを考えていたら、夫がぽつりと言いました。
「こだわりの店だから、ただお客さんの反応が怖かっただけなのかもね」と。なるほど、それはあるかもしれない。そう思うとちょっと気持ちも和らぎます。それに、よく考えると、自分も無意識のうちに同じようなことをしていると気がついたのでした。
褒められて嬉しいのに、真に受けていると思われるのが恥ずかしくて、つまらないことを言ってしまったり。やってみたいのに自信がなくて、興味のない振りをしてしまったり。先回りして考えて、自分を守るために、ガードの体勢に入ってしまう。
でも、一歩引いて考えてみると、案外自分が惹かれるのは、照れて赤面しちゃったり、悲しい時に涙をぽろっと流しちゃう、そんな人間くさい人だったりする。そして、歳を重ねていくうちに、恥をかくよりも、素直じゃない自分に気づく方が、後悔が大きいこともわかってきたんだけどな。
そうか……! 人前でカッコ悪いところを見せまいと、どこかいつも気を張っていたけれど、そもそも、そんな必要ないのかもしれない。嬉しいときは飛び上がるほど喜んで、落ち込むときはズーンとへこんで、泣きたいときはわーんと泣く。
私も気付けば、40代一歩手前。もうそろそろ恥ずかしさから逃げるのはやめて、これからは自分にとことん正直で素直な人になろう。
そんなことを、中華料理店の一件から真面目に決意したのでした。
ライター・エッセイスト。岐阜県出身。『北欧、暮らしの道具店』で、お客さま係として6年間働いていたスタッフ。退職後、ノルウェーにある北極圏の街、トロムソに住んでいた。現在は長野県松本市でスウェーデン人の夫と2歳と4歳の子どもの4人暮らし。
著書は2023年4月に発売の「北欧の日常、自分の暮らし- 居心地のいい場所は自分でつくる -」(ワニブックス)。その他、「北欧で見つけた気持ちが軽くなる暮らし」(ワニブックス)、「家族が笑顔になる北欧流の暮らし方」(オレンジページ)がある。
instagram:@kuwabarasayaka
撮影:清水美由紀
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